『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

道具は臨床家の手の一部、第45回日本伝統鍼灸学会学術大会

 第45回日本伝統鍼灸学会学術大会(金沢大会)が、2017年10月14日(土曜日)から15日(日曜日)にかけて石川県立音楽堂を会場に開催されました。例年の10月第4日曜日ではなく第3日曜日ということで滋賀漢方鍼医会の月例会と重なってしまい、今年度は常勤助手がいないということで滋賀漢方鍼医会の会員へヘルプを出すこともできず、現地までは手引きなしの単独での参加になりました。数年前から実質的に全盲という状態になり、訪問したことのある場所であれば単独歩行で出かけてしまいますけど初めての場所へ出向くということにはまだ慣れておらず、iPhoneのナビアプリがあるといっても金沢駅の隣の会場では建物の中を移動するのと変わらないので役に立ちませんから到着まで少し心細い行程でした。でも、現地では名古屋漢方鍼医会の天野先生ご夫婦にお弟子さんと夜には伊藤先生、回遊の浜田先生や会長の隅田先生に手引きしてもらえましたし、障害者サポートデスクの係員さんたちに改札口まで送迎してもらうなど大変お世話になり、無事全日程を参加できました。ありがとうございました。

 昨年は「WFAS2016東京/つくば」ということで国際学会が開催され、日本鍼灸の多様性を世界へ向けて情報発信されました。また国内へ向けても、日本の鍼灸は多様性が特徴であることを印象づけました。あれから1年、何が変わって今後はどのような動きになっていくのかというのが今回やはり注目された点でしょう。国際部セミナー「WFAS2016後の日本鍼灸の情報発信をどうするか」から、特に印象に残った二つの言葉より少し書いてみると・・・。
 一つ目は海外で教鞭を執られている先生が、「日本の鍼灸ガラパゴス状態である」と表現されたことです。東アジアの盛んな地域を除けば、世界での鍼灸といえばTCMです。漢方薬と併用することが当たり前であり、経穴へ注射器で薬を入れるなどもそれほど珍しくない治療法になっています。これに対して日本では鍼灸のみで対処しようとするというアプローチです。優れた治療家なら技術レベルの高い施術が行われているのであり、気の操作についての繊細さは群を抜けています。透熱灸というのは日本独特のものなのですけど、アフリカで結核患者に施して成果を上げているMOXAFRICA を発足させたりと、いい意味が強いガラパゴス状態だそうです。ただ、海外から見れば鍼管を用いてのマイルドな刺激治療という印象であり、多様性に富んでいることも知られては来ましたけどその違いがわかりにくく、国内では自分たちの技術レベルについて無関心な面が多いだけに国際的な面への関心を示していないことが外から見ていて気になるということでした。
 二つ目の言葉は、「来年度からの鍼灸学校のカリキュラム改正で100単位となるものの、それでも実技は4単位しかない」というものでした。鍼灸学校のカリキュラムが約20年ぶりに改正され必修の実技が四倍になるのですけど、四倍と聞けば「それは画期的な改革だ」と思いたいところが全体からすれば4%に過ぎないのです。医学部だと25%は、看護系でも10%以上は実技が必修になっていることと比較すれば、伝統医学といいながら実技実習の貧弱さは恥ずかしいというレベルです。今までは1%だったというのですから、それでは伝統鍼灸学会系統の治療法が広まらないわけです。30年前の滋賀県立盲学校ではあはき三つを会わせてですが30%以上の実技があったと記憶しているのですけど、それでも伝統鍼灸系統の治療法を選択する学生は雰囲気にもよりますが少数派だったので、20年間はよほどチャンスに巡り会った人しか伝統鍼灸系統の治療法へ進んでこなかったというのは大変な損失だったでしょう。私もベテランの年代ですからこの後に聞いた岡部素道先生の話も含めて後進育成へはもっと身を切る覚悟で取り組んでいかねばと痛切に思いました。
 ここ数年間の国際部報告で聞いている鍼灸器具の国際標準化がISOで進行しているのですけど、これは各国の鍼灸を行っている事情の違いがあり、一筋縄ではいかないそうです。メリット・デメリット両面を考慮しながら、少しずつ進行するらしいですけど特に大きな障害は今のところなさそうな話でした。ところが、中国が独走状態でISOへ本来は含まれない教育制度を押し込もうとしていることには、大きな危機感を抱いてその他の国々が対応しているということです。提出された英文には多くの不備がありその他の書類も意味不明のものが含まれていて、ビジネスとして我を通そうとしてきている姿勢が明白のようです。ただ、日本の鍼灸会でも用語や概念の統一など、まとめ切れていなかったものをやり直す機会に活用しなければということでした。SNSを活用して自ら鍼灸のPRをしていくことや、英文で論文を発表していくなどできることから、臨床家も世界の動きにも気を配り、ガラパゴスのいい面を引き出せるようにしていかねばと思います。

 大会テーマは「日本伝統鍼灸の確立に向けて −伝統から未来へ−」ということで、〈越中富山の薬売り〉でよく知られているように北陸は昔から薬(漢方薬)の本場であり、鍼灸というより伝統医療が盛んであった場所での開催ですから、現代医学との比較だけでなく相乗効果という点でもWFAS2016の翌年の開催には意義が大きかったでしょう。二つの会場でプログラムが同時進行していましたから、どれだけ頑張っても半分しか見ることができないというのは残念でありもったいないと感じる点だったのですけど、それほどに中身がぎっしり詰まっていた大会でした。あまりにもったいなく心残りも大きいので、WFAS2016ではDVDでの記録販売が行われていましたから今後は賛助団体へはライン録音した録音ファイルの販売を、所属をしているのですから〈視覚障害者のための情報提供委員会〉から提案できればとも思いました。
 骨の髄まで臨床家であり視覚障害もあるということで、主には実技公開の方を見させてもらいました。昨年のような立ち見ではなく今年はいすに腰掛けて担当時間の長くなった実技を新しい団体を含めてしっかり見せてもらったのですけど、ほとんどの団体では脈診のみであっさり証決定がなされていました。漢方鍼医会の綿密すぎるほどの四診法からまず病理考察をしてというスタイルからすれば驚くほどあっさり「これは何々証です」と診断され、これまた腰を抜かすほど驚いたのですけどそのまま一択で議論の一つも挟むことなく実技が進行していきました。最近の漢方鍼医会では診断できるまでの時間短縮も大切ということで同時並行で脈診や腹診と病理考察を行っているのですけど、証決定には二つくらいは候補を出して段々と絞り込んで、最終的には選経した経脈の流注上を・選穴した経穴を軽擦して脈診だけでなく腹診に加えて肩上部の改善を確認して、やっと証決定に至るというスタイルはガラパゴスの中でもさらにガラパゴスなんだろうなぁと思ってしまいました。本治法の数をきわめて少数にまとめようとする流派なら当然診察が長くなるのであり、本治法の鍼数が多めの流派だとバランス重視なのであっさりした入り口の方がいいのかも知れません。日本鍼灸の特徴は多様性なのですからどちらが優れているかという話ではないのですけど、それでも一択というのは私の臨床経験には存在してこなかったスタイルなので「以前に見せてもらった実技もこんな風だっただろうか」と考え込んでいたりもしました。
 もう一つ目にとまったのは、ほとんどの流派で手法の数がかなり多いことです。患者さんは年齢も性別も違うだけでなく多種多様な症状を持ってこられるのですから、刺激治療のように単一な刺鍼だけというのはあり得ないのは当たり前ですけど本治法だけで数種類、標治法も含めると十数種類以上もの手法が紹介され、「あれが全会員が理解して使い分けができるのだろうか?」と思わず心配してしまうほどでした。全国組織になれば手法はシンプルでないと、統一性が保てないと思います。鍼あるいは道具そのものを持ち替えてしまえば目的も意識も変わりますから手数が多くなっても問題ないと考えられますけど、「この場面ではこの手法でこうなりましたからこちらの手法で」と元々が繊細な接触鍼なのに、そこまで鮮やかに切り替えができるものなのでしょうか?いや、自分の技術の未熟さを棚に上げて、この発言は失礼いたしました。

 道具といえば、今回劇的な出会いがありました。二日目の昼食を終えて午後までの少しの時間ですけど業者ブースを見学しようとして、最初に立ち寄ったのが|鍼治療製品のアサヒ医療器でした。学生時代から円皮鍼はコンパクトで小道具なのですけど私の臨床では常に大道具として活用してきた、絶対に欠かせないアイテムです。円皮鍼の臨床実践について‐経絡治療の立場からで理論は詳述していますが、物理的に少し深さのある円皮鍼は経絡流注に障害が発生している部位の境目に打ち込むと流注が擬似的に回復し、最も用いているのはぎっくり腰で毎回患者さんが円皮鍼を施したならすぐ動けるようになることを驚いてくれます。「にき鍼灸院」を卒業していった助手たちが開業をしてすぐ流行るのは“ていしん”のみの治療ができることが第一ですけど、どこの鍼灸院でも必ず来院されるぎっくり腰の対処法を知っていることも非常に大きいはずです。それくらい劇的な効果を期待通りに発揮してくれる小道具のくせに大道具なのが円皮鍼なのです。
 学生時代に初めて使ったシール付き円皮鍼は視覚障害者でも指先だけで簡単に扱えますから、しかも箱に展示でサイズの表記もあることでより便利でしたから同じメーカーのものを30年間ずっと愛用してきたのですけど、数年前に製造中止となることを聞いてショックでした。買い占めておきたいところですけどシールののりが保管している間に煮えてしまいますからストック料には限界があるので、ほかの製品をすぐ検討するしかありませんでした。ところが同じメーカーから出されている新製品はシートからはがすときが便利なように突起のついたものになっていて、従来の打ち込めば全く平面で円皮鍼がそこにあることすらわからないほど一体感だったものに比べればほど遠いものです。突起がついていることで衣服とこすれますから粘着力が弱く、何よりも突起の形状から気が抜けていってしまいます。それもつけっぱなしにする円皮鍼ですから、気が抜け続けることになります。粘着力が弱くなることは我慢できるとしても、気が抜けてしまうことは臨床家としてはどうしても無視できないところなのでメーカーホームページからメールを送ったところ、営業マンが直接意見を聞きたいと鍼灸院までやってきてくれました。たまたま慢性腰痛の営業マンだったので流注の境目に打ち込むことにより劇的な効果が発揮できることと、邪専用ていしんも持ってきて新製品では気が抜けていることを体験してもらえたのですけど既に製造器具の寿命ということで再開の見通しがないという、やはり残念な話しか聞けませんでした。早めに取れてしまいますしかなり敏感な患者でないとマイナスの影響は無視できる程度といいながらも、突起がついているタイプでは気が抜けていることどうしてほかの鍼灸師は気づいていないのでしょうか?
 販売店からいくつか試供品をもらって試したところ、アサヒ医療器のものだけが突起のないタイプをラインアップしてくれていました。ほっとしましたね、正直。シートからはがしていく方法が違いますし保管方法も変えねばなりませんし、何より円皮鍼の太さや深さを調べて臨床へ会わせていくには結構な手間がかかりましたけど、ストックが切れる前にうまく乗り換えることができました。使い慣れた道具というものは臨床家の手の一部であり、「それほどまでに大切にしていますよ」といつの間にか応対してくれていた女性に熱く語っていたなら、「実は私が円皮鍼の担当なんです」ということでさらに話が盛り上がってほかの業者展示を見る時間がなくなってしまうほどでした。突起のない今のタイプはラインアップから外さないという約束、絶対にお願いします。
 大会中に手に入れたもう一つの優れた道具は、円鍼です。カタログでは員利鍼に分類されているもので前エントリーの耳前動脈での不問診と、分肉の間を揩摩するで使い方などを詳述していますが、近年に購入しておいたものへ春に入れ替えたところ頭の部分が緩くてねじが回ってしまうため前週の東京本部で株式会社前田豊吉商店に問い合わせていたところ、「どの先生だったかに頭の部分をきつく閉めていると使い勝手が悪いと言われたのでそれからゆるめにしています」ということでした。「絶対にずれないようにするにはどうしたらいいのか」と尋ねると「瞬間接着剤がいい」と言われたのですけど、「それでは気の通りが悪くなるので困る」と突き返したなら機械で思い切り締め上げたものを特別に持参することはできるというので10本まとめて注文しておきました。鍼灸院へ戻ってきて春から使っている時々手で締め直しているものと比べると、やはり気の通り方がスムーズです。使い慣れた道具は臨床家の手の一部なのです。

 実は今まで伝統鍼灸学会へ参加していても、事前に抄録を把握してということができていませんでした。プログラムはwebから確認できていたのですけど、題名だけで予想をしてターゲットを絞っていました。会場で展示とCDは配布してもらえていたのですけど、大会が終わってから抄録を読み返すというのもよほどのことがない限り「後の祭り」なのですから正直やっていませんでした。WFAS2016では参加者数が多すぎるということでwebから抄録をダウンロードする形式となり、「おっこれはいいぞ」と資料を取り寄せたのですが印刷物を写真撮影してそのままPDF化したものですから、これではスクリーンリーダーがあってもお手上げでした。けれど障害者サポートデスクというのがありましたから印刷屋に出すためのファイルが事務局にはあるはずなので取り寄せてもらえないかと頼んだところ、ワードファイルをすぐ送ってもらえました。初めて抄録に目を通してからの参加は、やっぱり理解力が違いました。
 そして広報部の一部である「視覚障害者のための情報提供委員会」というところへ参加することになり、メーリングリストの設置をお願いして伝統鍼灸学会雑誌のテキストファイルをタイムラグなく回してもらえるようになりました。今大会の抄録集も三週間前には手元に届いていましたから、すべてに目を通せていたので、ターゲットを絞りやすく効率的に会場を回ることができました。残りはパワーポイントでの説明が見えないので、わからなかったところを理解するためにも録音ファイルの収録と配布を働きかけていきたいですね。
 そして個人的には大切にしている道具のことを業者と一緒に考えられる時間が持てたことが、一番の収穫でした。道具は臨床家の手の一部ですから、与えられたものを漫然と使うにとどまらず制作者の意図をくみ取り、最大限の効果を引き出すことが次へのステップになるでしょう。時には新たなアイデアが出てくることにより、オリジナルの道具につながるかも知れません。それは伝統ある鍼灸の未知の真ん中を歩いているからこそ、できることなのです。