『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

軽擦を行う意義と経絡治療(その1)

 前々回に見学者についての話を書きましたが、実は見学者が入るということは普段の臨床室がリセットされることもありますし初歩的な質問に回答することで安直に流してしまいがちな基礎を見直すことができて、我々にとっても大いに勉強の機会となることが多いものです。
 今回は就職希望もあっての学生の見学であり、中医学の応用はある程度行っていたようですがいわゆる経絡治療という分野には全くの素人であり、五行穴・五要穴以外にも施術をすることすら知らなかった地点からの出発でした(そういいながらも私も学生時代に標治法を行う意味を質問して、偉大な先生なのに大いに困らせた経験がありますけど)。

 「にき鍼灸院」の見学方法とは、何も予備知識を与えずに自由に患者さんと接してもらい鍼を施す以外は何をしても構わないのでその時点で持てる知識により診察してもらい、その診断結果と治療方針を院長である私に報告してもらうというものです。
 これは経絡治療や脉診の知識があってもなくても同じことであり、経穴に触れても軽擦をしてもいいですし腹診を行うものもいれば問診だけでほとんど喋ることさえできなかった人もいます。
 このやり方がその時点でのやる気と知識と、そして治療家としての態度を見極めるのに一番手早くて効果的な方法なのです。
 見学する側にとっては口から心臓が飛び出さんばかりに驚かれたり喜ばれたりと、様々ではありますけどね。

 さて昨日の見学者は前述のように中医学の応用らしきことはしていますから西洋医学をベースに発想することはないものの、臨床家の参加する研修会には一度も参加したことがないといいますから就職活動を開始して初めて現場の空気を知った程度であり、テキストレベルでの弁証論治と学校での実習と臨床室での継続治療についての区別が全くできません。
 これから社会へ羽ばたこうとしている若い鍼灸師なのですから至らぬ点が多々あることを問題にしたいのではなく、経絡治療に対する素直な驚き方にこちらも久しぶりに新鮮な気持ちになったことをここから書いていきます。

 最初の患者さんは腰痛で自発痛もあり、私の診断は難経七十五難型の肺虚肝実証です。
 そこで腎経を軽擦した時点で腹診をさせると、その緩み方と腹部全体の変化に驚嘆の声を挙げています。本治法が終わった時点で脉が変化していることは分かってもどのように捉えていいのかは分からないとのことでしたけど腹部の変化にはまたまた驚嘆の声です。

 そして「どうしてこのようなことができるのですか?」「どうして手でさすっているだけで変化するのですか?」との質問です。
 我々にとっては証決定を行う上で一つのステップに過ぎなくなっている軽擦なのですけど、初めての見学でさえ明確な変化が現れるのですから意味をやはり考え直してみなければと一瞬考えましたね。
 「軽擦とは経絡を流注に従って何度も撫でることにより活性化させ、擬似的に動かすことによって正しい証決定かどうかを確認していること」。

 しかし、「どうして撫でることで経絡を動かすことができるのですか?」。これは気血津液の説明に進むのではなく、鍼灸と経絡の関係までさかのぼって説明する必要ありとなりました。
 「鍼灸学校へ入る時には『鍼灸』という技術で何をするかを考えていただろうけど、経絡というものが先に発見されていて経絡を効率的に運用できるようにと考え出された道具が鍼とお灸ということになります。これは想像すれば簡単なことなのですけど、昔は狩猟が食料調達の手段ですから時には外傷を負ったり毒虫や蛇に噛まれたこともあったでしょう。その怒張した部分を撫でたりさすったり、あまりにひどいと切開して血液を出したりしてなんとか助けてあげたいと努力するのが人情でしょう。そのようでなくても痛みに対して指圧などをしているうちに経絡現象が発見され、それをもっと効率的に行う方法はないかと技術が発展して鍼やお灸に種類がでてきて統合されてきたものと考えるのも特に不自然なことではないはずです。経絡を意識しないものは鍼灸術とは言えず、本当にその経絡に手を加えていいものかを確かめる手段が必要でありそれが軽擦ということになる」という説明をしました。

 この話はまだまだ続くので、しばらく分けて執筆したいと思います。


 「一体どんな学生が見学に来たのだろう」と想像ばかりが膨らんでいることでしょうからちょっとおまけで余分なことを書いておきますと、昨夜からの雪は降り止んでいましたけどまだあちこちに積雪があるのに持参した傘が引っかかったままで忘れ物になっているだけでも充分にリアルな表現になりますが、ついでに購入したばかりのテキストも忘れていったというかなり楽しいキャラクターです。