『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

駅のホームから転落(その1)

公開治療で患部を触診されている

 メルマガ「あはきワールド」の関連から、鍼灸ジャーナリストの松田博公(まつだひろきみ)さんが「にき鍼灸院」のホームページを閲覧頂いており、しかも読者からの質問に「このホームページから勉強しなさい」と推薦をしてくれていたことを知り、その話題を書こうと思っていました。
 ところが夏季学術研修会の準備は順調に進んでいるものの機械的にこなさなければならない作業の量がまだまだ多く、一週間さぼっていたならこの話題は後回しにせざるを得ない大事件が発生してしまいました。
 結論から書くとJR草津駅のホームから転落してしまったのです。

 ということで、今回は自虐ネタのはじまりはじまり・・・。

 毎年六月の第三日曜は自治会の一斉清掃があり、鍼灸院横の溝掃除に参加しています。それで滋賀漢方鍼医会の例会も毎年少し遅刻することになります。
 最寄り駅までは荷物の関係があるので単独歩行で行くこともあるのですけど、電車からは助手と一緒ですから手引きしてもらっての行動になりますが、遅刻ですから一人でJR草津駅で下車しました。一人で降り立ったホームは次の新快速を待つ利用客で溢れています。
 直前まで車内でプライベートブログを打ち込んでいたことは関係ないと思いますが、今日に限ってどうも音が混乱して聞き難いのです。エスカレーターがすぐそこにあることは分かっているので人並みを突っ切りたいのですが、おばさんたちの絶好調おしゃべりがサラウンドで身体を包み込んでくれて、既にこの時点で方向感覚を間違っていたのでしょう。
 これではエスカレーターに到達できそうにないので、行列の後ろ側に回り込もうと考えました。そして足元に点字ブロックが触れたので「よしこれだ」と何故か思ってしまったのです。今冷静に考えればエスカレーターには点字ブロックでの案内はないはずですし、行列の最後尾を目指して歩いていたはずなのにそこに階段があること自体がおかしいのですけれど、その時は急ぎたかったのでそう考えてしまったのですから仕方ありません。

 点字ブロックに喜んで大きく踏み出した途端、身体のバランスが取れなくなったことだけは覚えていますけどどのような事態が発生したのかは全く想像できませんでした。
 学生時代からの盲人野球(グランドソフトボール)からゴールボールなどスポーツを続けてきたので無意識のうちに受け身を取る訓練はできており、特にブラインドサッカーは走りながら相手選手と交錯することもあるのでさらに受け身を修得していたようで、次に今発生している事態を考えた時には既に頭部を守って背中から落下する体制が取れていました。
 まぁこれは余談ですが、落下には一秒程度しか掛かっていないはずなのに本人の感覚としては十秒近くあり、何かお告げのようなものまで聞こえた気がしました。

 そして強い衝撃とともに現実に戻され、すぐ手に線路が触れたので「これはやばい」とここはすぐホームによじ登るために身体を起こしました。
 私は小学生の時に無人踏切を渡って通学していましたから、小学生の悪ガキは直接線路を触って遊んでいたので感触からすぐ判断できたというのもラッキーでしたね。
 「こんなところでは死ねない」と考えながら幸いにも自力でよじ登れる力があり、上半身がホームに出た段階で生き残れたという安心感を感じたのも覚えています。
 利用客のおばさんたちも口だけですがすぐに助けてくれて、駅員さんも近くにいたのでそのまま駅員室に行きました。

 駅員室に入った頃から、急に冷や汗が滝のように流れてきます。
 「もし死んでいたなら幼い二人の子供はどうなるのだろう、妻には鍼灸院が残るとしても今は専業主婦状態なのですぐに切り回すことはできないはず、夏季学術研修会もまだ準備が途中だし」等々の心配ももちろん浮かんできたのですがそれはホームによじ登った時点でのことで、必至での行動でしたからエネルギー切れという感じで力が抜けてきたのでありました。

 しかし、命の危険は去ったのですからいつまでも素人のように動揺していてはいけません。まずは、この冷や汗がでてくる原因分析です。
 冷や汗ということは四大病型では陽虚であり、ホームへよじ登るために陽気を集中して使い切ったという考え方もできますし緊張が解けて高まっていた陽気が飛散してしまったという考え方もできるのですけど、今回はどちらも当てはまっているでしょう。
 それから古典には「転落事故は脾虚肝実」とあるように、当時は騎馬戦をしていたので落馬があり現代なら交通事故というところでしょうがまさに今回は転落で、左の腸骨稜上部から膀胱経二行線に掛けてが直接打撲した箇所らしく立ち上がった時から強い痛みを感じており、自覚的にも患部は熱を持っていますから少陽経へ直接熱が入って肝を温めてしまっているだろうことも分かります。
 左手の外傷を応急処置しようと駅員さんが動き回ってくれているので「ちょっと脉診したいのですが」とはさすがに言い出せなかったのですけど、腕時計をしたままですが右の脉診を素早く行うと沈・数・緊となっており、陽気は吹き飛んでいるのに陰実とはどういうことか?次回に私見を詳述したいと思います。

 応急処置を受けてから研修会場へ向かい、じっとしていられない腰痛を隠しながら午前中後半の担当講義に入って転落事故があったことを告白。自虐ネタを織り交ぜながらでしたから内容が相前後してしまい、まとまりのない講義になったことは申し訳なく思っています。
 講義が終了してからとりあえずみんなに脉診だけしてもらい、沈・数はまだ改善しておらず感は強く押し切れない脉になっていて「いかにも肝実です」という脉状でした。

 午後の基礎修練後にはなんでも研修の材料にしてしまいますから公開治療ということで、脉診後には横臥位で患部を確認してもらうと以外にも内出血はひどくないものの線路の跡がくっきり。
 写真は患部を参加者全員で確認してもらっているところです。ちょうど手が伸びてきたところなので、患部の状態そのものが写っていないのが残念。

 救急法として瀉法鍼を行ったのですが、この瀉法鍼については次回に詳述します。
 これで仰臥位になれたので本治法はやはり脾虚肝実証で、左治療側から発熱症状も少しあったので火穴の泰斗に衛気の手法、右胆経の陽輔に営気の手法、左三焦経の陽池に衛気の手法が行われました。
 再び横臥位で標治法となり、背部や下腿の滞りに衛気の手法を行い、内出血や腫れている部分がよりハッキリしたので瀉法鍼をさらに加えてもらいました。
 これで治療終了となったのですが、脉診や腹診がスッキリした状態に整ったことはもちろん、やはり顔からは血の気が引いていたものが顔色が戻ってきました。そして、明日からの仕事がこれでできるという手応えがありました。
 打撲はもちろん複雑骨折でなければ骨折でも著効の示せる治療法であることに、今さらながら感謝と感動をするのでありました。

 おまけ話になりますが、リュックの中のノートパソコンも相当な衝撃があったはずなのですけど、一箇所ケースにひびが入ったものの正常に動作してくれています。少々値段がしたやつですが「堅牢」を売りにもしていたパソコンなので、真価が発揮されたというところでしょうか。視覚障害者の方々は、外へ持ち出すノートパソコンであるなら堅牢なものを買い求めましょう。
 それと胸ポケットに入れていた携帯電話はホームによじ登った時にこぼれてしまったようで、駅員さんが落とし物はないかと戻ってくれたならすぐ見つかりました。

 でもでも、強運だったことを自信と勘違いしてはやっぱりいけませんね。知り尽くしている場所ほど、謝りのない行動をせねばと心に誓うのでありました。