『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

「痛む時には温めないで」と繰り返しているのに・・・

 冬が本格化してくると、当院では風邪の患者さんが増加してきます。経絡を中心とする鍼灸治療においては感冒治療は当たり前のことであり、これについては前回新型インフルエンザと鍼灸治療で色々と書いています。
 そして、これはどの鍼灸院でも同じなのでしょうが腰痛の患者さんが増加してきます。鍼灸治療は「整形外科的な運動機疾患に対しては有効である」という世間一般の色眼鏡が未だに取れないのでどうしても痛みに対する治療へのニーズがメインであり、実際に痛みに対する治療としては西洋医学に一歩も負けない実力があるのですからそれはそれでいいのですけど、大抵は病院や整形外科や接骨院で回復しなかった患者さんが来院されるという点に複雑な思いがあります。
 鍼灸治療には健康保険が適応されないので「最後の砦」と考えている人も多いようですが、やはり「鍼灸治療は痛いのではないか」という先入観で治療を敬遠されている人がほとんどでしょう。まぁこの点については今回のテーマではないので言及は避けますけど、鍼灸治療の優先順位が低いために見えている間違った知識について今回は取り上げていきます。

 ホームページでも公開しているパンフレット腰痛に温熱カイロは禁物です!は、頑固な腰痛がやっと回復したところへ旅行に出かけて携帯カイロを腰に当てていたためにぶり返してしまった患者さんからのリクエストで製作したものです。また腰痛は、痛い時には、温めるのがいいですか?お風呂に入ってもいいですか?のパンフレットは、普段のウォーキング以外にも別の運動をしようと自転車に乗ったところ腰痛を感じたので「これは身体を温めなければ」とご丁寧に温泉へ出かけ、さらに一回では回復しなかったからと二回目は熱いのを我慢して入り続け自力では動けなくなってしまった患者さんのことをきっかけに製作したものです。笑ってはいけませんがこの患者さん、同じようなことを数回繰り返しているのですけどこの時だけはさすがに十回以上の治療が必要であり懲りたようです。
 その前後にも「お風呂へ入ったなら余計に痛くなってしまった」という患者さんが連続しておられて、「風呂場に腰痛を感じたなら入浴するなという紙を貼っておいたら」と助言するような状況でもありました。それで二種類目のパンフレットが必要だと判断したわけです。

 いつ頃から「腰痛を感じたなら温めればいい」と世間一般の人が考えるようになったかなのですけど、入浴した時には痛みが緩和されるのでそれなりには知っていたと思います。しかし、私が子どもの頃には「痛みを感じたなら温める」ということを大人は必ずしもしていなかったはずです。どこで変わってしまったのか?ハッキリした確信はないもののこれは使い捨てカイロが普及したからではないかと想像しています。
 使い捨てカイロが普及してきたのは1980年代で、実はそのCMの固有名詞を私は覚えているのですけど、腰痛陽経帯ベルとなるものを発売してきたからだと想像しています。各社も追随してベルトを発売するようになり、今のような粘着タイプに変わってきましたから好きな場所へ簡単に貼り付けられるので、「腰痛は温めるものなんだ」という固定観念につながっているのではないでしょうか?
 それを裏付ける出来事がありました。専門課程の学生時代に同級生から治療を頼まれたので診察していると、腰痛用ベルトなるものに使い捨てカイロを入れて腰を温めているのです。「素人と同じ発想とはなんちゅうことをしとるんや」と激怒したことをハッキリ覚えています。要するにテレビから流れてくる情報は全て正しいと思い込んでいるため、刷り込まれた知識ということなのでしょう。

 どうして痛む時に温めてはいけないのかについてはパンフレットで解説していますので詳述はそちらへ譲りますが、痛むということは炎症を起こしているということであり炎症部位を温めたならどういう結果になるのかというだけの話です。ですから、炎症を伴わない神経痛の場合には特に慢性の場合には温泉での治療効果が期待できるわけですし、リウマチも炎症がない時期であれば温泉でゆっくりする方がよくなります。けれど素人さんではその判断ができないので、入浴していいかどうかについてはプロが助言すべきです。素人療法はけがの元です。
 また整形外科や当院でも痛む箇所へホットパックや知熱灸をして温めていることがありますけど、これは循環改善が目的であってその後に湿布をしたり営気の手法で熱をすぐ除去しており、鎮痛目的で加熱しているのではないことを説明しておくべきでしょう。素人さんの間違いはずっと温め続けていたり、すぐ熱を取り去らないことなのです。

 では、温めてしまい痛みが増悪してしまった場合の治療はどうすればいいのか?内部にこもってしまった熱は除去せねばならないのですが、熱だけを引っこ抜くというような技はありません。くれぐれも局所を冷やそうなどとは、素人さんと変わらない発想をされないように。
 こもってしまった熱は全身へ拡散させ、平均化させることを治療の目標とします。特に難しいことはありません。正しい証決定に基づく選経・選穴がなされていれば、それだけで治療の目的は十分です。それから数日間は入浴を禁止します。変に「ここは熱があるから営気の手法だ」などと、潜入観念で局所へ施術すると、逆効果のことが多々あります。
 いわゆる刺激治療の場合には、局所への刺鍼は避けてその周囲へいつもより浅く刺鍼し熱を拡散させることになりますけど、それだけでは不充分でさらに熱の拡散を考えて遠い場所への刺鍼も必要となります。私は助手時代にそのようなやり方を師匠から見せてもらったことはあるのですけど、本治法を行うよりずっと手間が掛かるだけでなく治療量もかなりが必要ですからリスクが高く、自分で追試しようとは考えませんでした。もちろん師匠も「そのようなやり方もある」という見本だけで、普段は全くされていませんでした。
 一番やっかいなのは、炎症があるのに按摩をしてもらって腫れ上がってしまったケースです。家庭用マッサージ器で何度もタイマーを入れ直してひどくしてしまった患者さんがおられましたし、プロの按摩を受けて激痛になっていた患者さんは気の毒でした。発赤した箇所へ集毛鍼で気を間引くようなアプローチをしてみたこともありましたけど、焼け石に水で結局は本治法しかありませんでした。あまりに自発痛がひどい時には、皮内鍼が有効ですけど、標治法はなるべく少なくが原則です。

 素人さんの潜入観念を変えることは、なかなか至難の業だと思います。2009年の新型インフルエンザが流行した際にも、「人へ新たに感染させることを防ぐには役立つが感染しないためには無力だ」と何度繰り返してもマスクの買い占め現象が止まりませんでしたし、ワクチンも危険性が報じられているのにそれでも病院へ殺到しています。テレビを筆頭とするマスコミが最初に流した情報が一度刷り込まれたなら、その次は聞く耳を持っていないのが日本人の特徴なのかな?アヒルが産まれて最初に見た動くものを親と思い込む性質と変わらないのではと考えると、ちょっと日本人の発想の貧弱さには情けなさを感じます。うーん、鍼灸のイメージを変えてもらうことを含めて今のところ発想の転換をしてもらう名案はないですね。