『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

医療陣は修練を怠るな!

 2010年のノーベル医学・生理学賞は、体外受精の技術を確立したイギリスの博士に授与されると発表がありました。最初は「試験管ベビー」などと表現がされましたから生命をもてあそぶような印象もあったかも知れませんけど、世界初の体外受精による赤ちゃんも既に三十歳を越えているということで全世界では400万人、国内でも毎年2万人が産まれるという技術になりました。
 一方で、自分と全く同じ遺伝子を持つクローン人間を誕生させられる、第三者の子宮を借りての代理出産、障害や病気の子供が産まれることを避けるための着床前診断など、運用に伴う倫理面での問題も発生させています。
 鍼灸院には不妊で悩む患者さんが多く来院されていますけど、最近では体外受精を試みているがその助けにならないかという感じで来院される方が半分以上に思われます。しかし、来院される患者さんからはホルモン剤などの副作用でかなり苦しいという話を沢山聞きます。それでも赤ちゃんが見事に授かれば苦労も吹き飛ぶでしょうけど、確立としては実際にはどれくらいなんでしょうね。

 鍼灸師の立場としては、佩蘭誘発剤くらいまでなら自然妊娠を少し後押ししてやる程度に考えられるのですけど、やはり体外受精は自然体をコントロールしているということでいい気分での治療ではありません。
 というのも、私の治療室で昨年では二名の方が今年には三名の方が、脉診で「妊娠のチャンスだぞ」と予言しておいただけで妊娠されているのです。不妊の治療といってもいつもと同じく証決定から全身の施術をするだけで、特にこの人たちの場合には何か特別なことをしたつもりもなければ他の症状で来院されていたので、不妊への要望はあっても特別な配慮はしていません。また不妊を主訴とされる方でも足の冷えが強烈であれば中都や蠡溝へのお灸を考えることはあっても、それ以外は何もしていません。ですから、脉診で予言しただけと書いたのです。
 脉診のことを解説しておきますと、漢方鍼医会では右尺中の脉位は、命門を診察すると解釈し実践しています。古典には右尺中を心包に配当しているものも多くありますが、心の陽気は心を包んでいる心包から全て出てくるということで治療は主に心包経を用いますから、心と心包をまとめて脉診しているのであり左腎・右命門という観点からそのように配当しています。より忠実に難経を実践するためにも、この配当は譲れません。その命門で何を脉診するのかですけど、現時点では、主に生理周期や妊娠に関することが可能だと実践しています。命門の脉が浮いてきて全体の脉が太くなった時、妊娠のチャンスだと告げてきました。

 ところが、一度だけ体外受精の手助けをして欲しいという治療をしたことがあります。障害者スポーツの関連での知り合いだったのですが、来院されていた奥さんは健常者だったのですけどご主人が車いす使用者であり自然妊娠が困難なケースでした。それで半年くらい治療をしたのですけど、事情が発生して勤務を退職されたならすぐ妊娠されました。職場のストレスか体重の重い人を介護していたことが、妊娠の妨げとなっていたかどうか因果関係はハッキリしませんけど、退職後にはあっさり妊娠が成功でしたね。
 この経験から、体外受精に関しては、自然のプロセスを代行しているという解釈で受け止めようと考えを転換しました。臨床とは生き物であり、いつも患者さんは治療家の師匠ですね。でも、顕微受精など自然のプロセスを代行しているにしては強引なやり方も出てきており、やっぱり複雑ではあります。

 さて今回のエントリーを執筆しようと思った本題にやっとここから入るのですけど、「iPS細胞の画期的作製法、米ハーバード大開発」というニュースが流れていました。iPS細胞とは様々な組織の細胞に変化できる新型万能細胞のことであり、単純に書いてしまうと語弊があるかもですが要するに自分の細胞からコピーを取って様々な臓器が作り直せるということです。
 読売新聞のサイトから記事を抜粋すると、iPS細胞は、皮膚細胞などのDNAに、受精卵に近い状態に戻す「初期化」のカギを握る遺伝子を組み込んで作られるのだが、従来手法の運び屋としてのウイルスを使う代わりに、合成した伝令RNAを細胞に入れ、狙った4種のたんぱく質を作らせた。ウィルスとは違い遺伝子を改変しないため、がん化の恐れが少なく、従来の手法より速く効率的にiPS細胞が作製できた。筋肉細胞にかかわるRNAを導入して、iPS細胞から筋肉細胞を作ることにも成功したというそうです。。
 臓器移植しか治療手段がないとされる病気の患者さんには朗報に聞こえるでしょう。臓器移植法が改正されて拒否の医師さえなければ遺族の判断で脳死からの臓器提供が可能となり、わずか三ヶ月で20近い臓器移植が行われるようになったのですが、他人の臓器よりも自分の細胞を培養して作られた臓器の方がより安全になります。
 しかし、個人のiPS細胞がいくらでもすぐ作り出せそこから極短時間に臓器まで作り出せるようになったなら・・・。極端な話をまた書いてしまいますけど、虫歯になったならすぐ抜歯してしまい新しい歯を生えさせるなどへ発想が向いてしまうのではないでしょうか?削ったり差し歯やブリッジでないのですから、インプラントでもないのですから思いっきりの根本治療ということにはなるのでしょうけど、歯を大切にする人がいなくなってしまいます。臓器移植も深く考えずにニュースを聞いていたなら画期的な時代に入ったと思われるかもですが、他の患者さんの手術予定を変更しお医者さんもかき集められ難しい手術をしてでは、医者不足で現場は悲鳴を上げているという状況と整合性が取れていません。臓器を高速運搬する経費だけでも莫大であり、人件費やその他を考えると仕分け会議の対象にならない方が不思議なくらいです。
 もはや先端医療といわれるものはテクノロジーの世界ですよね。iPS細胞の技術がもっと進めば、体外受精と同じく倫理面での問題をまた引き起こしても来ますし。

 漢方医学では生老病死と表現されていますけど、生きていれば老いることになりますしその間には病気もしてやがて命は途絶えるのですが、それが自然な姿だと差としています。
 私は次男のためのページの末尾に、次のように書きました。親子の関係というものは大昔から未来へとつながる「命の連鎖」でもあります。生命学的な表現をすれば種の保存が第一目的であり、若く躍動的な個体に宿った命はより強固な遺伝子を組織しようとし、そして個体が古くならないように新たな個体を複製して命を移し替えていきます。生命学的には個体それぞれの生死などプロセスの一つであり、特に重要なことではないのです。それだけに「今生きている」私たちは精一杯のことを時間を無駄にすることなく努力し、私たちの子どもたちもまた新たな子どもたちへとつながるように育って欲しいと願っています。

 医療とは命の連鎖を手助けするためのものであり、決してテクノロジーでコントロールを測ろうとするものではないはずです。確かに手術や輸血など今では当たり前に捉えている技術により、昔なら助からなかったものが多く助かっています。その反面で後遺症に悩む患者さんも多く、プラスとマイナスを天秤に掛けたならやはり首をひねります。
 鍼灸術は秘伝口伝の世界も多く、効果は認められているのに客観性に乏しい面が多くありましたけど、客観的に評価できる方法を考案し動画で客観的に評価できる方法にも少しずつチャレンジしています。けれど鍼灸術はテクノロジーではなく、研修会に参加し修練を重ねることによって会得する技術です。人間が人間に対して自然な姿であることを手助けするというスタイルを貫く、シンプルでありながらも奥の深い医療なのです。医療陣は修練を怠るな!