『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

「東京宣言2011」への、一つの感想

 2011年6月19日に東京有明医療大学で開催された、日本伝統鍼灸学会第39回学術大会に参加してきました。今回のテーマは「新たなる医療へ −心と身体をみつめる日本鍼灸の叡智」ということだったのですけど、一番の目的は「日本鍼灸とは」に関する『東京宣言2011』を採択することでした。
 今回は十四年ぶりとなる全日本鍼灸学会との共催大会であり、日本の鍼灸が世界の中では埋没状態にあることへの危機感から開催されたものです。ところが、ご存じのように今年は東日本大震災が発生してしまい、当初の筑波で三日間の会期を予定していたものから一日のみの凝縮した形へと急遽変更になっています。関係者の苦慮と努力には、敬意を表します。

 それで「どうして東京宣言2011」が必要とされたかについて焦点を絞り感想を書きたいのですけど、その背景は複雑かつ膨大であり、また私だけだったのかも知れませんが知らない世界での事情というのもかなり多くありました。そこで学会誌への報告担当も兼ねて開会式直後のシンポジウム趣旨説明「鍼灸領域における国内外の標準化の現況」   一国民への説明責任をはたすために−、を一通り文字起こししたので、一部抜粋してまず掲載します。そのため文字数が多くなってしまったので、結論を先に読んでから要約を読んで頂いても構わないと思います。


 まず伝統医学の国際標準化ということについて、二つの側面から捉えられる。一つ目は時間的な流れで、1980年代からのWHOを中心とする鍼灸などの条文化やガイドラインの制定、続いて経穴の標準化など四つのプロジェクトが立ち上げられ、2009年から今も続いている中国による中医学の国際標準化を目的としたテクニカルコミュニティをISOへ提出したことが区別される。
 次に伝統医学のどのようなことが標準化の対象になるかについてだが、一番分かりやすいのは鍼や低周波治療器や生薬など「物」の標準化といえるだろう。次には用語であり、この中には経穴の標準化も含まれる。また診断・治療法や教育トレーニング・ライセンスも標準化の対象になり得る。そして、中国がこれらをISO標準化へ提案をしている。

 前述の四つのプロジェクトというのは、経穴の位置の標準化・用語の標準化・IT(コンピューター上)で伝統医学用語を扱うための枠組み、そして途中で頓挫はしているが診療ガイドラインの策定があった。
 さらにWHOでは、情報標準化の中から疾病分類分科会を発展させている。これは2009年にWHOが設置し進めている死亡統計を取るための国際疾病分類の中へ伝統医学の用語を取り入れることを推進決定している。
 韓国では1990年代に韓医学への保険適応を決定しているが1992年に第一弾の疾病分類を策定している。中国も1997年に4000程度の詳分類表を策定している。これに対して日本にはそのようなものはなく、かろうじて国家試験に出されるものがそれに相当する程度である。これらから見えてくることは、中国・韓国は国家戦略として用語・教育・手法のみならず電子カルテまで視野に入れたものが構築されている。その中心となる研究所が、中国にも韓国にもある。

 1995年に世界貿易機関WTO)の発足に伴い、輸出入や法的分野においては国際標準に合致することが加盟国の義務となっている。2009年に中国はISOへTCMによる標準化を提案している。この中には用語・情報処理・診断・治療法・教育トレーニング・ライセンスまで含めて、標準化の対象となっている。特に教育トレーニングとライセンスについては、各国の制度に抵触する恐れが強いので反対している国が非常に多い。用語と情報処理については既にWHOで作業されており、オーバーラップするので特に日本は反対をしている。
 これらで明確になったことは、ISO企画策定はグローバルビジネスを展開する手段であり、特に認証ビジネスによって利益を得る。日本の薬事法は直接ISOの拘束は受けないものの、長期的に見ればISOに準拠する必要の可能性がある。ここが問題である。
 合意が得られたのは安全性と品質、つまり鍼や漢方薬を対象とすることについては各国の合意が得られた。しかし、教育については日本がかなり反対したものの強引に中へ押し込まれてきている。2011年5月に二回目のミーティングが行われ、最初に参加国のいくつから議論を進める上での透明性と公平さについて提言が出されている。この会議の問題点として、作成途中のものを中国の提案として提出していること、議論を経ずにまず投票の手続きをしようとしたこと、これは議決をせず改定案を再度提出することとなった。鍼は韓国や日本の提案により一回きりの使い捨てのみを策定し、7月の投票にむけて日本としての最終的な調整をしているとのこと。
 当面の課題について、日本では機器の多様性について安全性を確保しつつ多様な機器が生産できるように、メーカーおよび業界との連携が必要である。その上で省庁へ働きかけていくことが重要となる。
 中国が提案してきた教育や資格についても標準化しグローバルビジネスとして捉えていることは問題であるが、日本における同レベルの問題点の再整備は重要な課題である。これは国内問題を移している鏡のようである。

 標準化という問題は、実は我々の日々の臨床に関わる問題である。とりあえず番号を付けるとして、一番目は我々が用いている鍼やもぐさには、どのような規格が用いられているのか?実は日本における鍼の規格は坦懐仕様の毫鍼に対する規格のみで、もぐさに関しては雑品扱いで医療器具ですらない。二番目にはカルテに病名や症状や取穴方法を記載する時、何を基準にして治療法を選択しているのかその用語はどのようにして定義されたかなどを、普段から意識しておくことが大切だと考えられる。
 それからしばしば誤解されていることであるが、標準化というのは画一的な自称に対して画一的に当てはめるばかりのものではない。日本の治療が多種多様なものであるなら、その多種多様なものを治療可能なものへとするための「標準」を議論する必要がある。日本の鍼でよくいわれていることは「浅い治療」「弱い刺激」などであるが、様々なやり方ではあるがそれらにはきちんと用語や定義がなされているのか。また教科書に掲載されているのか。言葉がなければ国民へ説明することも、海外へ情報発信することもできない。国民に対して我々が臨床で行っていること、様々な言葉を持つことが世界へ通じる言葉であり標準を持つことだと言える。


 「東京宣言2011」の出発点を凝縮して要約すれば、最後の段落の部分そのものとなるでしょう。付け加えるなら日本は多種多様で豊かな独自の伝統文化を持っているのに国家的にそれらを保護したり育てることをしておらず、また日本の鍼灸はとてもいい技術であることは知っている人からは注目されるレベルにありながらも自らでまとめることもまとまろうとすることもしてこなかった。だから、まず日本鍼灸を自ら定義しまとめる方法も提示して、これを世界の鍼灸業界へ発信すると同時に国内のメディアにもアピールを増やしていこうということになるでしょうか。

 この講義を読まれていて驚かれた点がいくつかあったと思います。まずは中国の文化を大切にするという大義名分ながらも、ビジネスチャンスを握ってしまおうとする凄まじい姿勢です。例のごとく強引であり、ろくに検討もしていないのに「これで決定しよう」としてくる当たり、この後の報告にあったのですけど日本の鍼灸師中医学そのもので臨床をしているのは中医学が紹介された直後の年代が一番高くて、年々下がっているという事実に現れていると思います。学校教育では中医学の理論がますます取り入れられてはいるのですけど、理論面と実技が違うという認識は学校レベルでもあるみたいです。しかし、中医学の基礎を取り入れた独自の臨床スタイルをしている人は多いようですが。今回はテーマが違うのでこれ以上は突っ込みませんけど、あちこちからベースを持ってきているスタイルというのはかなり危ないというのが私の認識です。
 それからWHOが死亡統計の中に伝統医学の言葉を組み入れたことも、さらっと流されていましたが注目点ですね。もちろん西洋医学が全く届いていない未開の地域の把握がメインなのでしょうが、西洋医学では把握しきれない疾病があるのだと認めたのではとも想像します。

 「東京宣言2011」が出されるということから滋賀漢方鍼医会の例会と重なっていたのをこちらへ出席しました。最初は既に決まっているものを採択するためのプロセスの学術大会に思っていました。実際にその要素は強かったのではありますけど、裏側では徹夜に近い状況で最終文章の調整が必死で行われていたとのことであり、当日でさえまだ調整がなされていたということです。傍観者みたいな立ち位置で参加していたのですけど、ちょっとこれは関係者に申し訳なかったなぁというのが反省点でした。
 それから全日本鍼灸学会との共催だったのでいつもよりは知っている先生との出会いが少なかったのですけど、逆に全く予想も付かない懐かしい先生に出会うこともありました。出来れば二つの学会が、将来的には合体するのがいいと願ってはいるのですけど。もちろん立ち位置は経絡治療を中心とする伝統治療ですが。

 さて漢方鍼医会の立場を踏まえて、私の感想です。まず「東京宣言2011」は、予想以上に関係者が努力されていて今後の世界での鍼灸業界へ影響を与えられるきっかけとなればと希望しています。それと東日本大震災で分かったことですけど、阪神大震災の時には鍼灸ボランティアの治療を受ける人は割と多かったのに東北では極端に少ないか初体験の人がほとんどだったということで、「鍼灸」という用語は知っていてもイメージはテレビで見せられるものだけであり本質が国民へ伝わっていないので、こちらのアピールも重視して欲しいということです。
 核心部分ですが、自分たちの治療を説明できるかということについてですけど、まさに漢方鍼医会発足の原点はそこにあります。四診法は行っているといいながらも証決定の最終手段は脉診にとどまっていたものを、漢方における病理考察を行うことでより深く理解し的確で自分だけでなく周囲へも治療が説明できることこそが、”漢方はり治療”の理念であります。自分たちの行っていることが理論的にも裏付けられてきたなら、脉診もまた違ったものへと変化してきています。
 用語ということでは、確かに学校レベル以上の用語の統一がないことは致命的に思います。漢方鍼医会では十周年記念の時に「用語集」を既に発行しており、ここはクリアしています。「用語集」の重要性は年々増しております。また二十周年ではWHOで標準化されたことにも触発されて、従来の「経穴書」ではなく臨床を見据えた「取穴書」を編纂しており、これにはDVDも付属するように現在製作作業が進んでいます。
 東京宣言が必要だとされた大きなポイントについて、漢方鍼医会は既にクリアをしていたことに大きな地震を持ちました。同時に、決して大きくはない組織である漢方鍼医会が先進的に成し遂げてきたことを、今後は責任感を持って前へでて発言して行かねばならないとも思いました。それから広く国民へ浸透する鍼灸という意味でも、これからの活動は目線を広げるべきだとも。

 次のステップへと踏み出した鍼灸業界ですから、批判的な意見ばかりでなく肯定的にも関わり続けていきたいと思っています。