『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

漢方鍼医会20周年記念大会レポートその4、「取穴書」について(前編

漢方鍼医会20周年記念大会レポートも第四弾で、最終話となります。最終話は「取穴書」に関して総まとめを書いていきます。けれど文章の長さから今回は前編の記載となります。
 何せこの「取穴書」の業務のため、特にこの一年間は睡眠時間を削り時には体調を崩し、生活リズムが家族からずらさねば作業時間を確保できないので奥さんから文句を言われ、そしてブログやホームページの更新もほとんどストップ状態となっていた業務ですから書き出せばいくらでもあるのですけど、否定的な面は控えて次の改訂版が出版されるためのデータベースになるようにと書いていきます。ちょっとは愚痴が書いてあるかも知れませんけどね。既に今書いたか?

 2010年4月に天野靖之先生が漢方鍼医会の四代目会長として就任されると同時に、20周年記念事業の準備がスタートしました。10周年で漢方鍼医会のテキストと経穴書は発行されていて充分に価値あるものなのですけど時間的に間に合わせた部分もあり、また「用語集も発行されたのにカリキュラムへうまく組み込まれなかったので辞書的な活用にとどまっていました。しかし基準線となる資料の存在がなければその後の10年間の発展はなかったのであり、20周年の中核事業には漢方鍼医会の全てをつぎ込んだものとしてテキストと経穴書を一から作り直そうということになりました。
 この計画が練られていた場所に私はまだ参画していなかったのですけど、「いつか取穴に関する本をもう一度やり直したい」と勝手に叫んでいた私のところへ、森本繁太郎先生が委員長で私が副委員長として「取穴書」を製作をしないかとの話をもらいました。WHO標準経穴が制定されて新しい教育がスタートしていましたし、滋賀漢方鍼医会となる以前に本部からの出版を追い越して取穴法を含んだ独自テキストを発行していたので悪しきダブルスタンダードの状態を何とかせねばならないと思って勝手に叫んでいたものですから、即答で承諾をしました。
 ところが、同時に立ち上がるテキスト作成委員会からも用語集はテキストの中へ取り込む形として収録と改訂を行うので、その時の責任者でしたから私にもテキスト執筆への要請が届きました。けれど既に取穴書作成委員会の概要から編成を相談し始めていたので、作業工程を考えるととても二つの事業を掛け持ちすることはできないと有り難いお申し出だとは思いつつテキスト作成委員会への参画はお断りをさせてもらったのであります。この選択は、実際の作業の大変さで正しかったと思っています。

 さてコンセプトを森本先生と持ち寄ると、1.WHO標準経穴との比較が必要である、2.根拠となる古典は掲載せねばならない、3.指が動く文章で取り方を記述していく、4.確実さ優先で流注に逆らっての記述の場合には流注に従った記述も追加する、5.分かりやすい図も掲載したい、6.先輩諸氏から受け継いだ様々な蘊蓄というか知識も掲載したい、7.DVDも独立したものではなく取穴書の一部として製作をしたい、ということで最初から意見が完全一致でした。そして「経穴書」ではなく、「取穴書」という名称にしたいことも一致でした。
 WHO/WPRO(世界保健機関/西太平洋地域事務局)で標準となる経穴部位は制定されたのですから、今さら経穴書を我々が労力を投じてもう一度作り直す必要などないのです。問題は標準経穴が本当に経絡が動く部位を示してくれているかであり、それを委員会で検証実技を通して確認し、さらには「生きて働いているツボ」へ導けるように文章や動画として付属資料も加えてまとめることでした。もし経絡が動く場所を標準経穴が指示していないと検証実技で判断されたなら、その時には「漢方鍼医会の取穴としてはこのようにしますよ」と変更することもあり得る前提で、経絡・経穴を特定するための検証実技の考案から取りかかりました。
 我々は脉診を中核として経絡の変動を察知し治療をしているのですから、当然のごとく脉診を通じてWHO標準経穴が本当に経絡を動かせる部位にあるのかを確認していくことになるのですけど、大きな問題がありました。それは証を無視し選穴の問題を無視し、また治療すべき左右も無視しながら脉診での評価ができるのか?ということです。これを本部や地方組織での月例会に委員がそれぞれ持ち込んで予備実験を繰り返していると、治療をした時の「いい脉」とは違うものの経穴に指が触れたなら必ず胃の気が出てくることが確認されました。胃の気とは、「大ならず小ならず、長ならず短ならず、滑ならず渋ならず、浮ならず沈ならず、疾ならず遅ならず、手に応ずること中和にして、意志欣欣、以て名状し難きは胃の気の脈なり」(『診家正眼』との条文を根拠にしています。つまり、経穴の真上に指が触れたなら影響の良否は別として全身の経絡は大きく動き始めるので胃の気の脉になるのであり、「いい脉」とは異なるものの胃の気によって寸関尺も整うことを同時に確認できました。
 これに加えて腹部と肩上部は治療をした時と同様な改善をしてくることが確認されたので、脉診だけでなく腹部と肩上部を一斉に確認することにより経穴に指が触れているかを特定できることが分かりました。誰か一人が脉診のみで独断的に部位の是非を品定めしたのではなく、複数の医院が同時にモデルのあらゆる脉診できる箇所を探りながら腹部と肩上部の改善という客観的要素も加えて、一つ一つ経穴の検証をしていきました。

 ここでWHO標準経穴について、先に触れておきます。あらゆる面で国際化が進む中で鍼灸も国際的な合意がなされていなければ医療としての地位が認められないことは明白であり、また特に盛んである日本・中国・韓国においては独自路線というか風土に根ざした鍼灸がそれぞれ発達しているので話が噛み合わないことも出てきており、標準化が求められたのは必然のことでした。ワールドスタンダードがなければ鍼灸グローバル化はない、当たり前のことです。
 日本においては第一次日本経穴委員会が組織されて各国との調整作業が進み、1989年にジュネーブ会議といわれるもので一度目の標準化が図られます。しかし、この段階では経絡・経穴および用具に関する英語での正式名称が決定したのではありますが、経穴も361と決定されたものの部位については各国での相違が大きく、かなりの積み残しを出したままでの会議終了となりました。この会議を受けて第一次日本経穴委員会が標準となる経穴書を出したのですけど、日本での学校教育は「十四経発揮」を基準にして行われてきた歴史があり専門学校と盲学校はそれぞれの教科書をそのまま使い続けるという三つのスタンダードが並列する時間が続きます。ジュネーブ会議の合意では経穴が361あるのに、日本では354しか教育されていないという奇妙な状況が続いていたことになります。
 ジュネーブ会議のままで放置しておいてはいけないと、2004年、WHO(世界保健機関)・WPRO(WHO西太平洋地域事務局)主導の経穴部位標準化の動きに対応して第二次日本経穴委員会が発足されます。標準化の基本としては、世界標準で事実上普及しているものは、そのまま最終的に変更しないで、最低限の形でまとめるということと、異説があった場合には文献的な根拠に基づいて調査するということだったみたいです。参考文献の中に「十四経発揮」はもちろん入っているのですけど文献としては基本が経穴学の基礎とされている「甲乙経」でした。この経過から分かるようにあくまでもWHO標準経穴は、文献中心で決定されたものであり実際に触れて決定されていないところに臨床家としては引っかかりがあります。余談ですが中国・韓国との調整会議が京都などでも開催されていたので、その時に朝日新聞などが「経穴の場所が70以上も各国で異なっている」と、大きく報じたので、患者さんから次々に質問を受けたことがありました。
 そして2006年11月に筑波で開催されたWHO経穴部位国際標準化公式会議で部位が決定されます。その後に日本では2009年『WHO/WPRO標準経穴部位日本語公式版』(医道の日本社)、『新版経絡経穴概論』(医道の日本社)、『詳解・経穴部位完全ガイド-古典からWHO標準へ-』(医歯薬出版)とWHO標準経穴の普及が図られます。2012年2月に実施された第20回国家試験からは、教科書が新しくなっているのですからWHO標準経穴で教育された鍼灸師が誕生しています。
 それまでの日本の鍼灸教育とWHO標準経穴では具体的にどこが違うのかを五行穴・五要穴に関わる範囲で書き出せば、1.前腕の長さは一尺もしくは橈骨と尺骨で別々としていたが肘関節から手関節までを一尺二寸として統一した、2.したがって肺経や大腸経などの経穴は相対的に手関節側にずれてくる、3.下腿の長さを決定する基準点が外果尖・内果尖・膝蓋骨尖とそれぞれ一番尖っている部位に統一された、4.したがって外果尖から膝蓋骨尖までを一尺六寸・内果尖から膝蓋骨尖までを一尺五寸として変わらないものの下腿内側の表記は変更になっており一部影響を受けた経穴がある、5.腎経の流注が一部変更され優先・然谷・太渓・大鍾・推薦・紹介・復溜の順番となったことです。
 また関節横紋は個人差があるので部位の表記は解剖的に動かないものへと変更され、縦横の軸で表現されるようになりました。それでも解剖で表現できないものは統一された骨度を用いています。経穴名も常用漢字に変更されたものがいくつもあり、日本語での読み方についても統一されました。
 ただし、要穴では心包経の中衝と労宮の二つが、全体では二論平気のものが六ヶ所残り、「橈骨形状突起」のように英語での公式分にも既に間違いが見つかっているなどWHO標準経穴もまだ改訂を重ねなければならない段階でしょう。

 以上、文章の長さから今回は「取穴書」が実際の製作に着手するまでの経過と、WHO標準経穴の概要とそれまでの相違点の説明までを書きました。以降は具体的にどのような流れで作業がなされたのかを、差し支えのない範囲で秘話も交えながら書きたいと思います。そして現在進行形の「取穴書」がもたらしている漢方鍼医会のバージョンアップした実技についても、、できる限り書いてみたいと思います。