『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

鍼灸師の夢を語れ!二木清文編

 滋賀漢方鍼医会では、近年四月に行われる通常総会の後に「鍼灸師の夢を語れ!」というテーマで入会から間もない会員を中心に、20分ずつくらいで三人ほどに話をしてもらっています。鍼灸師を目指そうとしたきっかけは人それぞれであり、夢を描いてこの世界へ飛び込んできているのですからそのストーリーも人それぞれです。毎回感銘する話があり、そして気付かされることが多い発表なので、私は既に研修会では古株になってしまいましたから楽しみにしている発表であります。

 私も「TAO鍼灸療法」という雑誌で鍼灸の可能性に想うを執筆したのですが、「夢を語れ!」という視点では、全てを語り尽くしてはいません。
 そこへ先日の患者さんからの何気ない発言、決して忘れていたわけではなかったのですけど何か心の中の炎がまた燃え上がる感じがしたので、「これは書き残しておくべきだろう」と私の鍼灸師としての夢についてキーボードを叩かねばと書き始めました。

 その患者さんは建設業の社長さんであり、地方ではありますけど一代でかなりの業績の会社を設立された方です。当然ながら「お城」、つまり大きな建物を持つことが夢そのものではないにしても人生で大きな位置を占めている方だということは分かります。それで「患者数はあるのだから、一般家屋のような建物じゃなくもっと大きな駐車場ともっと医院らしい建物にする気はないのか?」と尋ねられました。
 私は「にき鍼灸院を23歳で開業し、建物はその時からのものです。視覚障害者ですから一か八かの勝負であり、幸いにして親父がまだその頃は若く建物関係にもそれなりに詳しかったのでかなりを手伝ってもらっての建築でした。10年経過したところで一度大きなリフォームをしていて、「にき鍼灸院」見学ツアーで紹介しているような治療室になっています。確かに開業当初よりベッド数が増加し、駐車場の慢性的な不足では患者さんにご迷惑をお掛けしております。

 「駐車場は隣に土地を分けてもらえないかと前から交渉をしていて、拡張できたならベッドはもう一台増やす予定ですよ」と患者さんに話すと、「違う違う、一見して一般家屋のような建前じゃなくもっと大きな医院らしい建物にして大きく営みたいとは思わんのか」とのことです。
 「歯医者でも大通りに面していると出入りを見られたなら嫌という印象があるので、あまり流行らないケースは多いものですよ」と説明すると、「大通りとか便利のいい場所は既に名前が知られているから別に構わなくて、こぢんまりした人生だけでいいのか」とのことです。

 私は全て共著であり自費出版ですけど、既に三冊の本を出版しています。それから雑誌掲載の記事もかなりある方ですし、学会での発表は少ないとはいいながらもやったことがあります。ですから、決してこぢんまりした人生を臨んではおらず、むしろ自分の持っている限りの知識を広めたいと願って積極的に活動をしている方です。このブログの執筆履歴をご覧頂ければ、それは一目瞭然ですね。
 けれど「大きなことをやりたくないのか、野心はないのか」と続けられました。自分は建設業だけに建物という形で現れるものに生き甲斐を感じる方だが、それ以上に野心があったから形として残せるものが欲しかったといわれるのです。

 ここからも会話は続くのですけど、読んで頂きやすいように口語体ではなく文語体に切り替えさせてもらいます。
 まず私は、治療室をもっと大きくしたいとは思っていますけど、そのためには駐車場の拡充が前提条件であり交渉中であるもののまだ土地を分けてもらえていないのでしばらくは現状維持しかできません。そして何より、丁寧な診療の治療方針を変更するつもりがありません。治療方針については、すぐ納得が得られました。

 もし駐車場が確保できたなら、ベッドはもう一台増やして待合室の椅子も増やし、そして助手も二人から三人へと増やしたいとは思っていますと説明を続けました。けれど、ここで「先生が何もかも鍼をしているから、人がなかなか育たないのと違うのか?」との質問がまたありました。
 予約が詰まっている時間帯になると確かに助手が鍼を持つ時間が少ないものの、それでもうちはかなり鍼を持たせている方であり仕上げ部分でも任せる範囲が大きい方だと自負しています。そして私の答えは続きます。
 技術というものはそんな簡単に半年や一年くらい勤務をしただけで身に付くものではありません。料理の世界でも半年もすれば野菜をむいたりカットすることなど毎日の繰り返しなので当たり前にできるようになっていても、それでも何かが違うので修行が続くのであり足元では蹴飛ばされたり昔なら殴られることもしょっちゅうだったと聞きます。絶対的な数を経験することが大切であり、何シーズンかを通して観察することにより本当の経験というものができて技術は診に染みこむものなのです。これには、うなずきながら納得をされていました。

 では、本当に「大きくなること」をどのように夢みているかなのですけど・・・。丁寧に診察し治療しようとすれば、一日に30人からよくやっても50人が限界であり、もしベッドが沢山おける治療室になったとしても一時間に10人も入れていたなら、手を掛けるのは助手がしていたとしても診察時間を圧縮しなければならないので現在のような治療はとてもできません。悪い表現ですが、軽い症状の患者さんは手を抜かざるを得ないのです。それは私も患者さんも困ります。
 けれど助手を育ててその人たちが地域で開業をすれば、私が一日に30人を治療して開業をした人が30人を治療すれば、合計で60人になります。10人卒業して開業すれば300人ですし、20人になると600人です。通院できる範囲も限られていますから、あちこちで開業してくれればそれだけ鍼灸治療を受けられる人が増えるのであり、そして鍼灸の発展につながるのです。

 私も助手経験をさせてもらったので、次の人たちを育てることは順送りの義務だと思っていますけど、それ以上に夢を見てのことなのです。ですから、助手に入った人たちには研修会の指導者になることを最初に言い聞かせますし、今までは女性が多かったのですけど、結婚や出産をしても研修会から絶対に離れてはいけないとも強く約束させています。今は託児システムが整備されましたし、インターネットでの情報交換が簡単なので、難しい話ではなくなりましたね。
 そしてここからは会話になかったことなのですけど、もう一つ夢がありまして専門学校の教壇に立ちたいのです。どんな世界にも色々な人たちがいますから、医療関係は金銭的に困らないだろうという皮算用で門をくぐってくる人たちがいることも確かです。私の立場としては論外な考え方ですけど、現実なので仕方ありません。それでも70%くらいの人は鍼灸治療に夢を託して門をくぐってきているはずであり、当初は鍼を深く刺すことに興味があるのではなく「治すということは何なのか?」ということに興味があるはずです。
 ところが授業が進むに連れて教えられる知識は西洋医学であり、「鍼は刺してなんぼ」「刺さないと効果は出せない」というように洗脳されてしまいます。これで70%の人たちも国家試験直前にはほとんどが針刺し職人の道でいいと勝手に納得をしています。納得をしなかった一部の人たちだけが研修会を探して、伝統的な鍼灸の道を選ぶのですけど、それでも助手に入れる人はラッキーなケースしかありません。
 このどんどんこぼれて行ってしまう現実を打破するには、研修会の門戸を大きくするだけでなく授業で繰り返し「本当の鍼灸術とは」という、臨床技術を見せることだと思います。二年生くらいで臨床技術を目にしたなら70%のうち、半分は伝統的な鍼灸術を選んでくれるでしょう、きっと。たぶんはそれ以上が早い時期なら選んでくれると思うのですけど、私のクラスメートの経験からいえば三年生になってから見せても洗脳が進んでしまい遅いです。
 鍼灸業界に有能な人材を残すために、治療室を続けながら非常勤講師として教壇へ立ちたいです。そうしたなら助手を育てる鍼灸師も増えることですし、私の夢は無限に拡張していってくれるはずです。