『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

第20回夏季研滋賀大会(後編)、本番をタイムラインに沿って

 難産だった第20回漢方鍼医会夏季学術研修会滋賀大会も、終わってみれば瞬間の出来事であり二年間頑張ってきて本当に良かったと今は思っています。前編と中編では難産だった部分を長々と説明してきましたけど、最終回の後編では時間ジクに沿って楽しく報告したいと思います。
 それから最後に付録で「臨床的自然体」の講師合宿でのマニュアルも付けておきました。


 2014年8月24日、JR石山駅を9:00に出発予定のシャトルバスで滋賀漢方鍼医会のメンバーは集合をしてきます。既に案内担当の会員は早めにスタンバイをしてくれていたのであり、まずは滞りなく海上までの輸送はできそうということで、後を任せてロイヤルオークの方へ移動をしてきました。
 必要な事務書類などは宅急便で送ってありましたから、受付カウンターのところで書類を並べて受け付け業務の準備です。ここはちょっと段取りが悪く、開始時間が遅れてしまいました。それからメインホールの方では、既に調整済みではあるもののICレコーダーのレベルチェックとプロジェクターのリハーサルをしていて、こちらも会場入りを贈らせてしまいました。それから開会式の司会者と最後の進行打ち合わせをしていたのですけど、せっかく実行委員長が書き出しておいてくれた進行表を使わず自分でチェックしたメモを使っているので、ギリギリまで修正をしていましたね。
 あっそうそう、この時に「にき鍼灸院」の助手をしていて前大会では事務方を一手にこなしてもらった土井さんが、生後半年の女の子を連れて挨拶に来てくれていました。人見知り絶頂ということでいきなり泣かれてしまいましたけど、ちょっとだけだっこさせてもらい嬉しかったですね。それから全体照明の明るさを開会式と抗議の時に無料で調整してもらえることになり、ホテルにも感謝です。

 さて開会式が始まり、開会宣言の役目がありました。ステージに登ってのリハーサルをしておかなかったので、様子が分からずまごついてしまい、後から録音を聞くと副題の一部を飛ばして宣言を出してしまいましたね(苦笑)。そうそう、数日前の打ち合わせで発見して驚いたのですが、実は夏季学術研修会の正式な名称が定まっていない、つまり漢方鍼医会第何回夏季学術研修会"なのか"第何回漢方鍼医会夏季学術研修会""なのか、あるいは別の表現をしている時もあったようで要録に沿って看板を修正したというビックリ話がありました。
 続いて会長講演と基調講義があり、プレゼンテーションを多用したので晴眼者にはとても分かりやすい内容だったでしょう。このあたり視覚障害者には仕方のない面があるのですけど、今後の課題ですね。あっここでも、会長の名前を間違ってアナウンスしてしまうという失敗がありました。
 昼食は前回に「お昼には重たい弁当だった」といわれたこともあり、素早く済ませたいという要望だったのでサンドイッチセットにしたのですけど、これが大量のサンドイッチにビックリでした。確かに素早く食べられて会話もしやすいのですけど、また変更の要望を沢山聞きましたね。次は中華弁当にでもしてみますか?

 午後からは実技です。私は初めて入門部を担当したのですけど、今回はハッキリと「全く初めてかそれに近い人」「一応の知識はある人」「実践投入はしているが基礎をしっかりやりたい人」「バリバリ実践している人」と申し込み時に説明を書いたので、研修部にほとんど知識のない人が紛れ込んでいて進行を妨げるなどのトラブルがなく、入門部応用でも一部の話を噛み砕くだけでとてもやりやすかったという印象があります。
 一時限目は基本的な姿勢と菽法脉診の指の動かし方、さらには祖脉の観察と「開いた脉」の作成実験でした。自然体はテキストに掲載されているのに入門クラスの人で実際に指導を受けたことのない人がほとんどというのは、地方組織間での調整がこれからは必要だと感じました。菽法脉診の指の動かし方についても下方向へ指を動かすのみの指導ばかりですが、やってみればすぐみんな修得できることなので滋賀では数ヶ月に一度は行っているのですが、定期的に反復練習が必要な項目でしょう。祖脉については参加者が示しているものから分かりやすいものをピックアップしお互いに見てもらうという形式で、入門部応用ではこれでちょうどでした。でも、研究部ではいきなりもめていたのでは?最後に「開いた脉」の作成実験、入門部応用クラスの人の方が脉だけに執着をしていないので素直に肩上部と腹部も同時に観察していくことの重要性を覚えてくれたと思います。
 二時限目は、基本刺鍼と「臨床的自然体」での取穴でした。基本刺鍼では前大会の時から採用された腹部を用いての臨床的手法修練をまだ入門部応用クラスの人では経験したことが少なかったようで、衛気と営気の手法が違うだけで全身へこれだけ大きな影響が出ていることに、思わず声が挙がっていました。ここも研究部ではもめていなかったか、ちょっと聞いてみたいところですけど。これだけでも「よい脉」はしっかり統一的に観察できるのであり、やはり基礎修練が何年やっていても一番大切だとこちらも思いました。
 そして目玉にいつの間にかなっていた、「臨床的自然体」を作ってからの取穴です。「取穴書」を作成している段階でどうしてここまで踏み込んで追求しなかったのか今となっては不思議です。作成委員会のメンバーはそれなりにできていたと思うのですが、あの時には充分に時間を掛けて取穴のみに集中していたので問題にならなかったのかも知れません。私個人は東洋はり医学会に在籍させてもらっている時代からこのようなことを心がけていたので周囲も自然体を学んだなら全員が心がけていることと思い込んでいたのですけど、実は足元の滋賀でさえ実際の取穴になると無理な姿勢になってしまい無駄な力が抜けない原因がそこにあったと気付かされて、資料を今回まとめたのでありました。まず押し手のみで姿勢を決めた状態から刺し手を持っていく、これだけで脉状が大きく崩れてしまい上半身を調整するとまた脉状が回復するだけでなく、それだけで相当にいい脉状となっていて、その状態で取穴をすると経絡の反応がいいので取りやすいだけでなく気の交流が既にできているのでいい手法にもつながります。
 前大会の時もそうだったのですが、私の師匠である丸尾頼廉先生が今回も参加して頂き左足が義足の丸尾先生ですから、義足の人の臨床的自然体をどのようにすべきか不安だったので「この時限はどうしても直接に実技をしなくては」と、意図的に短刀をさせてもらいました。最初は師匠との実技、緊張していました。実はまず義足の方を固定しておいてから刺し手を持っていった時に自分の足の方で微調整してもらうのがいいかと思っていたのですけど、義足は支えでしかないので自分の足をまず固定して、もし微調整が必要なら義足の方を少しずらす方がいいということになり、実技を進めました。事実の方が先にあって、己の感覚を合わせていくべきですからね。

 一日目の実技が終了したなら、会長・副会長に企画室と地方組織代表で構成している「夏期研準備委員会」というのがあり、年に一度の直接に顔が合わせられる機会なので会議を持ちました。今後の開催について、経費的なことで段々と難しくなっていく中ですけど次の開催を愛知漢方の担当で確認し主題と副題についての問題などはありましたが、これは時間があることなので継続して考えていこうということになりました。もっとも会場探しに困るくらい参加者が放置しておいても集まるほど、漢方鍼医会が大きくなれば、何も問題はないのですけどね。
 その後は最後のプログラムである懇親会なのですけど、副院長が責任者をしてくれていますし出し物で滋賀漢方鍼医会のメンバーが大勢協力してもらっていますから、ここは全面的にお任せです。開始までの間にフィットネスのプールで泳がせてもらいました。泳ぎ始めたなら最初全身が痛くてずっと緊張をしていたことにここで初めて気付き、なんとかロングは頑張って500mまで泳ぎましたが、もう少し頑張って800mまで泳ぎ切っておかなかったのが今大会一番の後悔かも知れません(笑)。次の担当の時には、絶対にもっと泳ぎ込みをするぞ!!


 8月25日は二日目で、懇親会ですっかりまた雰囲気が変わりましたから、参加者の気がみなぎっている感じがします。
 最初のプログラムはパネルディスカッションで、今回初めてこちらでもプレゼンテーションを用いたのでフロアの方は話が飲み込みやすかったのではないかと思います。そしてこれも初めての試みで司会者とパネラーの四人で討論できるようにもしておいたので、全体の流れを一緒に作ることができたように思います。
 ただ、初めてプレゼンテーションという形での発表をしたのはやはり難しかったですね。今回はページ送りを声で指示することにより発表をしたのですけど、自分で画面を確認しながら発表できないというのはかなりつらいものがあり、視覚障害者はHTMLに変換をしてスクリーンリーダーが多少でも使える状態でやった方が楽ではないかというのが実感です。私の発表内容については、後日にき鍼灸院のホームページで公開していきます。

 三時限目は研究部では問診を除外して不問診で診察をしていくという試みがされていたのですけど、具体的な話を是非聞いてみたいものです。本部では試行錯誤の途中ですが、頭でっかちになりすぎないようにタイマーで時間管理をして診察を区切るなど、もう少し工夫が必要に感じていますから。入門部応用と研修部は講師による実技公開で、今回は白衣着用をお願いしました。やはりポケットに何が入っているのかから興味があるようで、普段の研修会では触れられないチャンスに参加者の目は輝いていました。
 私の担当した班では半月板損傷で手術を受けたばかりの人がモデルとなり、「こんなもの早く申し出てくれていたなら手術なんかせずに治ったのに」といういきなりの説明に、「とても信じられない」という反応だったのですが、瀉法鍼を使うごとにどんどん膝が曲がっていくのには目を丸くされていました。それから残った時間で風邪の治療をしたのですけど、決してサクラを噛ませていたわけではないのですが閉会式での感想発表が当たっているとは知らず、全くいつもと同じペース配分でほんの少しの時間で治療を終了させたのがよかったらしく、個人名を出して感想を述べてくれるものですから目立ってしまいましたね。
 昼食は実技班ごとの指定席で着席し、講師を交えての討論や質問の続きです。せっかくの時間なのですから実技班ごとでの食事は有意義であり、こちらも実技中では伝えきれなかったことがありますし質問の口火を切れない人もいるので、質問を受けるにも好都合です。毎回このようにして欲しいのですが、なかなか実現できていません。二日目のお昼はカレーライスが絶対的なメニューで、これは自画自賛ですが、美味しかったです。

 午後の実技は総合治療ということで、ここまで来れば講師の役割はほとんど泣く参加者の自主性にできるだけお任せになります。入門部応用ということでまだ全てを決定し進行していくというレベルにない人たちもいますからお手伝いはしましたけど、臨床的自然体を作れば取穴がこのレベルの人たちでもかなりできるのであり、手法にも大いに役立つこと改めて確認させてもらいました。
 フロントにどうしても出向かなければならない用事があったのでメインホールへ戻ると既に閉会式が始まっていたのですけど、司会をしていたうちの助手はなかなか堂々たるものでした。一年前の大阪大会で実技公開のモデル患者となり、その時に助手への話となり、この春より修行をしているのですけど夏季研は色々な縁ができます。
 さて実行委員長が至福の時を迎える反省会となり、実行委員一同にも安堵の空気が流れます。一回目の講師合宿までは色々とあった今回の夏季研でしたけど、終わってみれば色々あった中からセレクトをして組み直したことによりシンプルで流れのあるプログラムにできたのではと自負します。どうしてもパネルディスカッションで聞いたことをすぐ試してみたくなるなど途中から付録がくっついてきてしまうので、最後は疲労もあって「勉強になり楽しかった」というところへ落ち着いてしまうのですけど、「よい脉とは何か」に終始していたので流れがあったという手応えです。
 今後の課題は、脉診する時には必ず腹部と肩上部も同時に確認する癖が定着してくれることと、臨床的自然体が定着してくれるように繰り返し情報発信を続けていくことでしょう。それぞれの地方組織で個性ある研究をすることはお互いの刺激となり大いに歓迎すべきことなのですけど、今回提案したことは全て基礎技術であり研磨して意見が戻ってきて欲しい分野ですから。次の担当までに、標準的な基礎技術となっているように、努力をこちらも続けていきます。


それでは、ここから講師合宿での「臨床的自然体」のマニュアルです。


1.「臨床的自然体」の意義
 施術時の姿勢については、『新版漢方鍼医基礎講座』の第2項 衛気・営気の手法、(3)姿勢(自然体)において述べられています。しかし、自然体は基本的な立ち方であり、臨床現場では臨機応変な対応をしなければなりません。そこで「臨床的自然体」ということで、実際に即した立ち方やその他について分かりやすく表現してみました。
 文章に書き出していくと煩雑に感じられるかも知れませんが、段階を踏むことで臨床的自然体は容易に取ることができます。
 ところで「臨床的自然体」という言葉は、滋賀漢方鍼医会から第20回夏期研のために提言したものですから、今後の扱いについては別として、今回は臨床的自然体でお願いしたいと想います。

2.まずベターな位置決めから
 「新版漢方鍼医基礎講座」にある自然体はすでに修得しているものとして進めます。
その上で、まず押手を概ねのモデル点に置き、臨床に即した立ち位置を見つけていきます。できるだけ臍の前の方にモデル点が来るように立ち、押手を中心に色々と立ち位置を変えながら術者の力が抜ける姿勢を探します。ポイントとしては、肩上部の力を抜いて臍下丹田に力点が来るように立ちます。そのためベッドと術者の位置関係によっては、時に大きく足を広げたり、また前後に開いたりすることもあります。また上半身を少し捻ることや前屈みになることなどでも、肩上部の力を抜くことができるものです。

3.ベストな姿勢へ
 続いて刺し手をモデル点へ持っていくわけですが、この時に肩や腕などに微妙に力が入るような感覚があれば微調整をしてベストな姿勢へと修正していきます。既にベターな位置決めはできていますから、後は僅かに上半身をひねったり、あるいは片足だけわずかに動かす程度で調整できると想います。
 ベストな姿勢となれば、患者の脉だけでなく腹部と肩上部も明らかに気の流れの良い状態となり、臨床的自然体になったことが分かります。それまでとは異なって、驚くほど良い状態となります。
そうして臨床的自然体が完成したなら、生きて働いているツボを探っていきます。

4.前段階としてもう一工夫必要な場合もあります
 ところで、手の取穴の場合はもう一工夫、前段階として必要になります。ポイントとしては患者の肘や前腕の角度を色々変えて、術者の押し手と刺し手の手首に無理な力が入らないように立ち位置を見つけていきます。
 患者と術者の体格などから、手の取穴ではどんな体制がいいのかは一概に表現ができません。またベッドの高さにも左右されてきます。患者の腕は肘までベッド上に付けておくか、角度によっては上半身に重ねて、余分な力が術者には入らないようにすることが大切になります。
 足の取穴でも股関節が堅くつま先の開いている場合は、(右利きの場合ですが)左足ならベッドの下側(足下側)に立って左上前腸骨曲で支えてやると両手が自由になりますし、また押し手に余分な力が入らないように刺し手の前腕で支えることが可能な程度の体格なら右足の取穴も無理なくできます。委陽も、これらの工夫で左右どちらでも臨床的自然体が取れます。どうしても股関節が堅すぎたり太りすぎている場合には、膝を深く曲げてもらって対処します。
 臨床的自然体のために上半身を前屈させることもあるのですが、臍下丹田ばかり意識しすぎて基本を忘れてしまい、踵で立とうとする人を見かけます。自覚的には内股の状態にはならなくても、まずは湧泉がしっかり地面に付いていなければなりません。

5.指導者が視覚障害者の先生の場合
 「これがその立ち方です」という提携のない臨床的自然体ですから、指導者が視覚障害者の先生の場合には術者の後ろ側へ立ち、肩上部の緩み方を両手で探りながら指導して頂くのが一番的確であると想います。ポイントとしては顎を引いて顔は前を向き、臍下丹田と湧泉に力点があれば肩上部には(実際に拇指が触れているのは肩中兪や肩外兪ですが)気が流れているのがよく分かりますので、それが途切れないように色々と姿勢を変えてもらいながら最も緩む箇所を一緒に探します。その後に身近にある患者の脉(足背動脈や浅側頭動脈など)へ移動し、取穴指導の続きを行ってください。
 また術者が視覚障害者の場合には、臨床に即した立ち位置のイメージを描きにくいこともありますので、見本を見せることも必要です。晴眼者の先生も、目で見て術者がうまく臨床的自然体を作れない時には、このような方法を参考にしてください。

6.再び臨床的自然体の意義
 臨床に即した立ち位置を素早く見つけるためには、まずは押し手だけを持ってきて探るのが効率的です。そこから少し調整することで臨床的自然体を完成していきます。最初から両手をモデル点の前に構えても、これはなかなかベストな姿勢を決めることができませんから、このように段階を踏みます。
 臨床的自然体が取れれば、押し手の重さが適切で流注さえ間違わなければ驚くほど簡便で性格に、取穴ができます。それは術者がベストな姿勢になることで気の流れも良くなり、患者との気の交流も盛んになって経絡反応も良くなるからです。
 臨床的自然体はそのまま施術の行える姿勢です。良い姿勢は良い脉状を作るために必須であり、良い治療へとつながります。漢方はり治療の新たなる創造には、臨床的自然体が必要であると提案させて頂きます。