『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

第43回日本伝統鍼灸学会、日本鍼灸とは何?

 今年も10月24日(土曜日)25日(日曜日)に開催された、第43回日本伝統鍼灸学会へ参加をしてきました。大会テーマは「日本伝統鍼灸の確立 ― よみがえる 江戸―」ということで、日本独自の鍼灸が開花してきた時代へ立ち返り、これからを考えていこうというものでした。

 しかし、昨年から予告されていた大会テーマなのですけど、正直会場で実際を耳にするまではあまりピントきていませんでした。ここ数年間で文献の分析が進み、江戸時代の様子がかなり解明されてきたとはいえ「どうして江戸時代へ立ち返ることが必要なの?」というのが、私の状況でした。
 確かに古方派やご制覇など個性豊かな考え方が出てきて、その流れを今の私たちも受けてはいるはずなのですけど、漢方薬と切り離されてしまった明治時代以降では鍼灸のみに注力する考え方となっているので、どうして江戸時代のことを掘り下げて考える必要があるのかという疑問になるわけです。歴史を知っておくことは大切でもその臨床について研究してもあまり得することがないのではと思ってしまいます。実際に明治時代であれば今よりずっと文献なども残っていたはずなのですから、研究が重要であればその時代の人たちがもっとまとめて残してくれているはずでもあります。
 ところが、今回初めて導入された課題研究発表という部門で江戸時代の臨床などを解き明かしてもらうと、今の経絡治療の土台が江戸時代に築かれたものだということがよくわかります。「素問」「霊枢」「難経」などの古典を基礎に我々の鍼灸医学は構築されているのですけど、治療体系ということでは紆余曲折がもちろんあったのであり地域制に則した治療も考えていかねばならないということで経絡治療というものが日本で生まれた、その原点が江戸時代にあるということに気づかされました。つまり、これから経絡治療を伸ばしていこうとするなら原点をしっかり見ておかねばならないというのが、今回のテーマだったわけです。
 この中で特に印象的だったのは、「腹診」という言葉が和製漢語だったということです。前述の有名な古典の中に腹部の診察はある程度出てくるのですが、確かに江戸時代に万病一毒説などで腹部所見が重視されるようになり、無分流の腹診も日本で生まれたものです。脉診が現代の中国ではあまり重要視されず実践の割合も低いことと腹診も同じに考えていたのですけど、腹部の診察がほとんど日本で深められたということなら他の地域での鍼灸にはあまり登場してこなくて当然だったのです。江戸時代を学ぶ意味は、ここにもありました。

 それからこれはよく知られていることなのですけど、現代中医学は日本の経絡治療を元に構築されてきています。ペリーが黒船で開国を迫っていた頃、同じく中国にも解放を欧米が迫っていたのであり、そこから第二次世界大戦が終わって四年後に中華人民共和国が成立するまで長い長い戦争がずっと続いていたのですから、医学知識が散逸してしまいました。「裸足の医者」という言葉で有名ですけど、共産党がまだ国内を逃げ回って抵抗をしていた時代に手っ取り早く治療をするため鍼灸を用いたのですけど、昨日まで農耕をしていたような人たちを即席で医者にしていたのですからレベルが下がってしまいます。それでも鍼灸というものが治療効果を発揮するのですから、それはそれで驚くべき事柄ではありますけど、再構築をさせるために日本へ中国から鍼灸を学びに来ていた人たちが大勢いて逆輸入の形で現代中医学がスタートしているということなのです。
 そのいい証拠が、脉診をするときにまず中指を当てて基準にしている橈骨の突起部分を「橈骨形状突起」と未だに呼び続けていることがあまりに多いことです。解剖学で定義される橈骨形状突起は大腸経の陽谿穴の奥に触れる米粒状のものであり、中指を当てている突起部分は腕撓骨筋が付着するために引っ張られて隆起しているだけなので解剖学的な意味がないため名称がないのですけど、何か呼び名がないと不便ということでそれらしき名称を持ってきてしまったのが日本の経絡治療です。日本だけでなく韓国でも中国でも同じ間違いをしているということは、第二次世界大戦の末期まで本土は戦争の現場になっておらず治療体系が安定していた日本へ勉学に渡ってきていた人たちが大勢いた記録があり、間違った呼び方まで持ち帰ってしまったという笑えない証拠となっています。
 それにしても私も三十年近くあの突起を「橈骨形状突起」と呼んでいたのであり、実技指導の時にもそのように教えてきたのですから罪深いものです。漢方鍼医会では便宜上「橈骨下端の骨隆起」と呼ぶことにしました。

 しかし、今や世界で鍼灸といえばTCM、つまり中医学です。WFASには129カ国の加盟があり、その中で鍼灸が保険適応となっているのは18カ国、鍼灸の法制度が整っているのは29カ国、施術が認められているのは103カ国ということで徐々に世界への普及が進んでおり地域に合わせた施術が行われているのですけど、そんなことはお構いなしに中医学鍼灸そのものだと中国が強引な態度をしているというのが実は今大会の報告の中で一番印象に残ったことでした。
 WFASとはThe World Federation of Acupuncture-Moxibustion Societies(世界鍼灸学会連合会)の略称で、1987年に日本の提案により発足した組織です。唯一WHOと正式な関係を確立している団体になります。世界標準化機構(ISO)にも参加できるという点で大きな意味があり、これから続々と鍼灸のISO規格を中国が先行する形で制定しようとしています。鍼や艾の規格統一などは一応わかるのですけど、例えば日本では鍼先の形状に最もこだわるところですが日本以外では堅さの方にこだわりがあったりと事情がそれぞれにあるということで、中国が話をよく聞いてくれればいいのですけど他のことでもそうですが社会主義国なのにビジネス戦略が強引です。
 そして最も頭が痛いことは、中医学以外を中国が認めようとはしていないことでしょう。「世界鍼灸教科書」なるものが制定でもされようものなら、世界中の鍼灸教育はまずこの教科書を踏まえなくてはならなくなります。それは地域や生活習慣に合わせて柔軟に治療体系を変化させられる鍼灸治療の一番いい面を壊してしまうことであり、ごりごりの理論面ばかり強調された臨床に合わない教育を押しつけられることになってしまいます。現在でさえ改訂された日本の教科書も中医学変調であり、陰陽も五行も出てこないというのですから古典は一体どうなってしまったのだというところです。
 私は数年前まで、他の研修会の治療法を否定するつもりこそありませんでしたが「そんなにたくさんの治療法がなくてもいい」と思っていました。同じ経絡治療なのですから枝葉を個人の数だけ増やさなくてもいいと思っていたわけであり、数種類に絞られるべきではないかと考えていました。しかし、自分がデザインした「二木式ていしん」なるものを開発し、「邪専用ていしん」も追加して気がつけばオリジナルの道具のみで日々の臨床をしているということは、漢方鍼医会が提唱する“漢方はり治療”を実践しているといいながらも一つの枝を作り上げてしまっています。私がこの世からいなくなればこの枝も消失してしまうかも知れませんが、もしかすると大きな枝に育って幹へ迫っていくかも知れません。実際に滋賀漢方鍼医会においては主流となる考え方ですし、初めて紹介したときには散々に叩かれたローラー鍼と円鍼での仕上げについても最近では教えて欲しいと頼まれるのですから、自分でも驚いています。首藤傳明先生が日本伝統鍼灸学会の会長交代の時に「多様性があることこそ日本鍼灸の特徴」と言い残されたのですけど、その意味がやっとわかりました。
 しかし、2016年の11月にWFAS筑波大会が開催されるのですが、中国へ一撃できるのは実質的に最後のチャンスとなるらしいです。“日本鍼灸”というものが世界ではほとんど知られていない、TCM以外の鍼灸はその特徴を自ら宣伝していないのですから当然です。逆に言えば大々的に宣伝しているTCMが質や効果は別として、素人は「あれが鍼灸なんだ」と認識して仕方ないでしょう。これはまずいということで、残された時間がわずかなのですが伝統鍼灸学会に参加している研修会が団結をして、日本鍼灸の特徴について急ぎまとめていくこととなったそうです。西洋医学をベースに考えている全日本鍼灸学会ではなく日本伝統鍼灸学会にその役割が目くぐってきました。そのため来年はWFAS大会と日本伝統鍼灸学会が、併設の形で開催されるということです。
 災いが降ってきたようなところはありますけど、私個人ではどうにもなりませんが漢方鍼医会として頑張らねばなりませんね。変な例え話かも知れませんけど、テレビで鍋物を食べているシーンでずっと鍋がぐつぐつ煮え続けているのはおいしそうに見せるための演出なのですが、具材は煮え詰まって味を落としますし厚くてすぐ食べられませんし燃料も無駄になるので過剰な演出だとわかります。ところが、そのシーンを見て「鍋物はそうやって食べるのが普通なんだ」と本当にまねする人がいるのですから、頭をもう少し使ってくれといいたくなります。ところが医療になると素人さんが頭を使ってコントロールできる要素がほとんどなく、お産のシーンで大声で叫びまくっているのを「あれが出産だ」と思い込んでやってしまうらしいですから困ったものです。出産現場では叫んでもかまわないというお医者さんもおられるらしいですが、思わず出てしまう声は別として叫んでいると力が分散してしまい、結果的に時間を延ばしてしまうことの方が多いみたいです。鍼灸治療も大きくて太い鍼を刺しているシーンや大きな艾に火をつけているシーンは演出の要素が大きいのに、素人さんに「ちょっと違うんですけど」といっても理解されないのは現段階では仕方ないです。太くて大きい鍼灸の道具よりも、刺さらず厚くもない道具の方がより自然で効果が上がっていることを証明すること、本当に難しいです。これが証明できたなら鍼灸の研究方法そのものが変わりますし、日本においては経絡治療が圧倒的に優位となり漢方鍼医会が一つ頭の抜けた存在になれるのですけどねぇ。

 最後はおまけ話ですけど、なるべく漢方鍼医会の他の先生たちが宿泊するエリアに合わせようと二週間前ならシングル二つくらいは取れるはずとホテル予約を先延ばしにしていました。三年前の東京大会では会場がほとんど千葉県なのに目黒まで戻っていたなら時間がかかったからなのですけど、これが大間違い。男一人ならカプセルホテルがいくらでもあるものの、女性の助手も一緒ですから最低でもビジネスホテルが必要なのですが、検索ソフトで楽天から探しても全くヒットしません。Yahooトラベルだと地下鉄の駅名などで指定できて便利なのですが、これも土曜日の夜は全てアウト。急に恐ろしくなって助手にパソコンから最大手のジャランで探してもらったのですけど、これもアウト。なんとかあるものは人の足下を見たような素泊まりなのに税別で24000円とかいうものですから、これは最後の手段に残して他を探し続けたのですけどエリアを横浜や千葉に広げてもどうしても見つかりません。ネットに情報を出していないような宿泊施設を知っていないかと東京の先生にもヘルプを出したのですが、現代ですから集客はネット中心ですから状況が変わるはずもありません。最終手段としては東京の先生の自宅へ宿泊させてもらおうという考えがあったので楽観的だったのですけど、これもできないということです。
 途方に暮れていたのですが、ふとiPhoneを見るとジャランのアプリがあります。一度は削除したアプリだったのですけど、いつ再ダウンロードしておいたのかそこにあります。以前よりずっと高機能になっていたので少し音声では操作が煩雑だったものの、上野方面で検索をすると「人の足下までは見ていないのでこれくらいなら」というものがヒットします。操作を助手に変わってもらい値段的に引き合うものを検索してもらうと、会場からも適当な距離でやっとビジネスホテルが見つかり一件落着となりました。四日間すごいストレスだったのですけど、胸のつかえが取れましたね。
 ちなみに海外からの旅行客のためお手旅行者が大量に抑えているらしく、慢性的なホテル不足ということみたいです。反れも土曜日は日程がわかった時点で押さえてしまわないと、本当に宿泊先確保が難しいらしいです。関西でも滋賀県まで宿泊のためだけに来ているということですから、東京オリンピックが終わるまでは大変な状況が続くのでしょうね。
 さらにもう一つおまけ話で、地下鉄の駅からホテルまでアップルマップを使って歩いたのですけど、全く違う場所へ誘導されてしまいました。徒歩ナビはアップルマップの方が親切にガイドしてくれるという情報だったので使ってみたのですけど、Googleマップである木直になりました。これで二次会へ出かける気力が半分萎えてしまいホテルに一番近い焼き肉屋へ入ったのですけど、七厘で焼いて食べる本格派でこれはけがの功名でした。