『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

WFAS2016の参加雑感、標治法が変わりました

(このエントリーは何度か加筆・修正を行っており、最終修正は2017年8月16日です)

 2016年11月5日(土)から6日(日)にかけて、つくば国際会議場を会場として『世界鍼灸学会連合会学術大会 東京/つくば 2016』へ参加をしてきました。23年ぶりの日本での学術大会は32か国、1733名の参加という非常に大きな大会でした。私は一般参加者ということで発表はしていないのですけど、初めての世界学術大会ということで期待を持っての参加でした。
 WFASとは、「世界鍼灸学会連合会“The World Federation of Acupuncture - Moxibustion Societies”」のことで、世界の鍼灸関係の学術団体が加盟している国際的な団体のことです。1987年に設立され、1998年にはWHOと公式関係のある鍼灸NGOとなり、2010年には国際標準化機構(International Organization for Standardization=ISO)のリエゾンとなっています。目的は鍼灸の国際的な学術交流を深め、世界各地の鍼灸団体間の理解と協力を促進することを通して人類の健康に貢献することとされています。日本の提案により設立され、23年前に京都で一度大会が開催されています。世界的に鍼灸の技術交流と向上を図ろうという団体ですね。ただ、中国主導の部分が大きく特にISOで鍼灸用具だけでなく教育方針など標準を中医学へ強引にあわさせようという動きがあるようで、うっかりしていられないところがあるという報告を毎年の伝統鍼灸学会で聞いていたりもします。(説明の前半部分はwikiペディアからかなり使わせてもらいました)

 今回は全日本鍼灸学会と日本伝統鍼灸学会の共催であり、第44回日本伝統鍼灸学会との併設という位置づけでの開催でした。つまり、毎年伝統鍼灸学会を見ている経験からすれば実技供覧の数を増やしているという風にも見えるのであり、実技セッション一つの枠が25分でありその中で英語での通訳も入れなければならないということは、実質的には10分程度で研修会のことを紹介しなければなりません。多種多様な技術が日本鍼灸の特徴だということは伝わるのであり、普段は西洋医学ベースの鍼灸を主体とする全日本鍼灸学会にしか参加していない鍼灸師にも古典鍼灸の実力を垣間見てもらえたという点では大きな成果だったと思います。
 けれど個人的には一つの枠がもう少し長めでなければ表面的なところで発表が終わってしまうので真の実力が見せられていないと感じましたし、海外からの発表ももう少し数が多ければというのが本音でした。お灸についてはアフリカや後進地域で簡便に用いれてお金もかからない医療として浸透をしているという発表がいくつもされていたようですが、残念ながらそれらについては時間的なことから会場にいなかったので見学することができていません。このお灸についても日本の透熱灸ベースのものが紹介されており、当たり前といえば当たり前なのかもしれませんが日本の技術の見本市のようにも表現ができますね。別に批判をしているわけではなく知識がないレベルで感じたことなのですけど、英語ができないので国内で開催されるものしか今後も出席しないだろうとは思いますけど国際学会というものに出席したことがありませんからよくわからないのではありますが、こういう風なものなのでしょうか?

 その中から一番記憶に残り、すぐ自分の新技として取り入れることのできた実技セッションがありました。発表者は日本人ながらも海外からのテクニックとして紹介された“acu-zone”セラピーです。
 アキュゾーンセラピーは、スポーツ鍼灸として紹介されました。概要としては症状によってツボを選択するのではなく、触診によって見つけ出した圧痛にマーキングし、それらのゾーンに対してのツボを 25穴の中から 3〜5 穴のみ選択し、マークやそれらのゾーンを見ながら微雀琢を数十秒間加えて痛みを取る方法です。問診とマーキングには十分に時間をかける一方、施術が短時間であり刺鍼もわずかであることがアスリートには受け入れやすいところでしょうし、即効性も相当にあるようです。
 【治療穴】アキュゾーントリートメント 25 穴:印堂、攅竹、太陽、脳戸、玉枕、完骨、列欠、合谷、陥谷、公孫、通里、後谿、申脈、照海、内関、外関、 L 5 華陀穴、涌泉、帯脈、京門、大椎、曲垣
 マーキングした圧痛点とこれら25の経穴はランダムではなく、ゾーンごとに中核となる経穴とそれに連動する経穴という形で使用穴を絞っていくようで、特に12の脳神経の支配領域や作用にも着目点があるということです。実技では瞬時に圧痛が解消し、可動域も大きくなったということでした。 これくらい素早い施術だと、痛みだけでなく精神的ストレスの強いアスリートへのアプローチとしての有効性は高いだろうと直感できます。

 アスリートが我々の治療室を訪れることは珍しくなく、痛みだけでなく精神的ストレスの吐露も多いことでしょう。漢方はり治療はそれらに対しても高い効果があり、私の経験でも退会成績が上がったり甲子園出場を果たした球児がいたりと実績があります。現場でていしんやわずかな道具で対処をした経験もあります。ただ、スポーツ分野に対して即効性という点で何かもう一つ持ち駒が欲しいと常々思っていましたし、そのようなアプローチがあれば一般のストレスを抱えている患者さんにも応用範囲が広いと思われます。
 また“acu-zone”セラピーを見ていてハッとしたことは、脳神経の分布や作用についてかなり参考にしているという発言であり頭部の経穴もいくつかピックアップされていることでした。中医学による頭皮針は直刺はもちろん頭皮に沿うようにしての深い水平刺鍼など聞いているだけでも恐ろしいのですけど、報告されている著効にはやはり興味がありましたし、また「医道の日本」で何度か紹介されている山本式の治療法も頭皮針がベースであり、頭皮針のことは心の片隅にずっとありましたが、漢方はり治療では頭部そのものを扱うような術はなく、経絡治療全体を見回しても頭部へアプローチしているものを知りません。しかし、脳神経の分布や作用は経絡と一致する点が多く、絶対的なヒントが得られると直感したのです。

 今までの経験では、顔面部は触られて気持ちいいときと気持ち悪いときがありますし、目の周囲の経穴以外では結局のところ治療成績の向上につながったことがありません。気持ちいいときと悪いときがあるのですから、触っていいケースとだめなケースがあるということでこれは当然でしょう。頭蓋部については毛髪があるのであまり積極的には用いてこなかったのですが、慢性のめまいがある患者さんへ集毛鍼を行うとすっきりするとの感想を必ずもらっています。集毛鍼でもわずかには切皮をしているのであり、鍼口を閉じていませんから気が抜けるので、これは気を間引いていることになります。陽気の暴走からめまいが発生してきているのですから、理論と実技がかみ合っていると評価できます。
 ただ、重要な頭部を治療部位の対象にしてこなかったことは大きな宝がそこにあるのに指をくわえてみて板に他ならず、“acu-zone”セラピーが脳神経を参考にしているのであり五行穴も使っているのは無意識に経絡の力を借りて全身治療をしているのですから、漢方はり治療も参考にできるはずと早速にその夜に宿でひらめいた方法から臨床追試をしてみました。

 前述のように顔面部は触れられるケースと触ってはいけないケースがあるので、頸肩部は含めますが頭蓋部へのアプローチへ絞ることにしました。オリジナルデザインの“邪専用ていしん”は、本治法の直後に左右の側頸部へ必ず施術をしているのですけど、これは邪論で本治法をしても細かなものがまだ抜けきらないのですべての陽経が通過している頸部へ施すことにより残りの細かな邪を払っているという発想からのものです。実際に邪論へ取り組み始めた当初、選穴・選経と当てはめていって合致すればたった一本の本治法で効果が発揮されるのであり、単純明快にして今まで目の前にある反応を遠い理屈回しで解決させるしかなかった病状へダイレクトにアプローチできるようになった反面、荒削りな脉状には不満がありました。自己治療をしていると即効性も持続性も感じるのですが脉状の荒削りなことが気になり、邪専用ていしんで側頸部を施術したところ頭がすっきりして脉状がきめ細かくなった経験から用いるようになっています。
 この本治法直後に側頸部へ邪専用ていしんを行うアプローチは、気血津液論でも非常に効果があり、細かく残ってしまっている邪を取り払っているのだとわかりました。頭皮針の変形で用いたいというのが今回のひらめきですから、標治法の仕上げ段階でもう一度頭蓋部へ邪専用ていしんを加えてみようと発想しました。
 毛髪があるのでほかの皮膚が露出している部分よりは強めに施術するのですけど、予想通り全身の気が今まで経験したことのない形で立体的に巡ってきました。皮膚表面よりも深い部分でも巡っていることが触知できるのです。「実は頭が重たかったのだけれど」と治療後に感想を聞くことは珍しくないものの、この方法も取り入れるようになったなら感想が三倍以上になっており、訴えられていなかった頭重が本当はこんなにも多かったのだと驚きと反省でした。

 現在までにまとめられているところは、本治法が第一であることは絶対条件です。このアプローチの前提条件です。実験をしても本治法をしない状態でこのアプローチを行ったとき、効果は結構出るのですけど持続力が決定的に不足してしまいます。標治法の一つのテクニックですから、これは当然です。
 「にき鍼灸院」の治療の流れに従って書いていくと、本治法の後に側頸部へ邪専用ていしんを行っておき、経絡が一周する半時間程度を目安にまずは休憩をしてもらいます(患者さんは経絡の巡りがよくなっていますから気持ちいいので90%は眠ってしまいます)。標治法へ入るのですが、まずは衛気か営気のどちらが適合かを調べます。腹臥位か側腹位で背部より四大病型のパターンに従って散鍼をしていくのですが、下積み修業時代には大量の置鍼からまず始まっていたのでその記憶が抜けず今までは偽鍼が半分以上ながらも背部一面へまんべんなく散鍼をしていました。このままのパターンで新しいテクニックを追加したのではさすがにドーゼオーバーになりますし時間も足らないということで、衛気もしくは営気の手法はポイント部分だけ集中して行い、全体的には数を今までからすれば極端に限っての散鍼と変更しました。時間的にもかなり短縮に成功しています。
 ここから今回「ゾーン処置」と名付けた、新しいテクニックになります。邪専用ていしんの使い方のyoutube動画を見ていただくと使い方はわかると思うのですが、zoneを対象としているので少し拡張解釈を加えます。zone=部分ということで、毛髪もありますからいつもより毛髪の量に応じて強いタッピングを次のパターンまで適応とし、基本の1ラインずつの左右交互ではなく、zone(ここでの意味は処置する塊)ごとで左右を処置していきます。zoneですから施術する方向はあまり気にせず、1つのzonは3ラインずつくらいで構成されるようにします。横隔膜より下側に主訴がある場合は該当箇所でも邪専用ていしんを行うのでドーゼ過多を考慮し、2ラインで構成をします。1.後頸部、2.後頭部、3.側頭部、4.頭頂部、5.肩上部。側臥位の場合には3.側頭部を無理して行わず、飛ばしてしまった方が効果的でした。zoneの処置が終われば今まで通りの邪専用ていしんの使い方とします。最後にドーゼに余裕があれば脊中際の華陀穴へ両側とも行えれば、さらに効果的です。

 具体的にどれほど効果があるのかということですけど、まずは「頭の鍼ってこんなに気持ちいいんですね」と患者さんだけでなく、鍼灸師同士でも必ず同じ感想を聞きます。自分でやっていても相当に気持ちいいのですが、他人にやってもらうと遙かに気持ちよさのレベルが違っていました。雪が降っていても顔面と頭は露出で平気なように「陽の塊」の部分ですから、その陽気が流せてもらえれば気持ちいいはずです。さらに後頸部の段階ではあまり変化がないものの、頭部の処置を始めると処置をしている側の背部がリアルタイムで緩みます。触っていれば素人さんでもわかるくらい本当におもしろいくらいに全体が緩んでしまい、強い腰痛など特別なものがなければその後の追加処置は一切不要です。初心者ややっと証決定できるレベルの治療家なら、本治法だけでへとへとになってしまいますから標治法はこのゾーン処置を行っただけで十分な効果が出ます。いや、下手な手技をするよりはずっと効果的です。また発熱していても冷えていてもほとんどパターンを変更せずに使えるきわめて汎用性の高い処置なので、ほかの経絡治療の流派でも使っていただけるはずです。
 理論的にはまだよく分かっていないものの(分かれば追記をします)、一つは細かな邪を標治法レベルでも払ってしまうことが効果的であり、これがまず組み合わせとして一番目に後頸部を持ってくることになるのでしょう。二つ目は三焦経というものは便利なのですが直接は扱いにくいものなのですけど、頭蓋部で三焦経の流注上へアプローチしていることで全身へうまく響いているのではないかと思っています。そのため最後に肩上部へもzoneとして施術することで、一気に肩こりが楽になるのでしょう。
 ちょっと悪い癖のあった標治法が、このゾーン処置で吹っ切れました。そして今まで「にき鍼灸院」で助手での下積み修行をしてきた人たちへは、個性をなくしてしまうという意味で標治法をほとんど鍼灸院内では練習させてこなかったのですけど、これからは積極的に行ってもらえそうです。問題点があるとすればオリジナルデザインの邪専用ていしんを使うことが条件になっていることであり、ほかの鍼を使うことは私は検討しないでしょう。それだけ邪専用ていしんに会わせてチューニングをしてあります。

 このような学会へ参加するとき、日々実践し生計を維持しているのですから漢方鍼医会の学術が最も優れていると自負しているのですけど、ほかの研修会にも我々が気づいていないいい面は必ずあるはずで「何かを吸収させてもらおう」と、批判は御法度として素直に受け入れようという態度で見させてもらっています。多くのことを見聞きするのですが、その中から自分の技術や学問として残せるものは一つずつくらいしかなく費用と時間からすればあまり効率がいいとはいえないのですけど、漢方鍼医会のことをより理解するためには欠かすことのできない学会参加です。