『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

温灸器を導入、裏内庭の施灸も可能です

 視覚障害者に医療の免許が与えられているというのは世界的にも珍しいことなのですけど、鍼を行うのに視力は必要ありませんし指先の触覚が鋭いほど的確な施術につながる確率も高くなりますから、鍼を持つことは視覚障害者の天職だと私には思えます。そして目が見えない分だけ触覚に集中できますから、脉診が上手な先生も多いものです。江戸時代までに視覚障害者の職業として確立をするために努力していただいた先輩たちへ、日々感謝をしています。

 ところが、鍼とセットで用いるお灸については視力が必要です。日本以外では棒灸が主流なので、これは着火が比較的楽には思えるのですけど実際にはやったことがありませんし、消火も水で単純に消しているのかさえ実は知りません。はさみで切り落として残りを有効活用しているとは聞いているのですけど、視覚障害があってできるものなのかよくわかりません。
 日本では透熱灸が特徴であり、安産灸は透熱灸でないと効果が出せないように感じていますが、透熱灸だけは弱視であってもどうしても視覚障害者には扱えません。私が下積み修行をしていた時代、ぎりぎり0.04程度の視力があり慣れている場所は白杖を使わずに歩けていたのですけど、片目ということはありましたけど透熱灸だけはどうにもできませんでした。
 開業をしたときにもいろいろと考えて、練りもぐさを使うMT式温灸器を購入してみましたが手間がかかることと使い方がよくわからず、ほとんど使わないままに練りもぐさの製造が中止になってしまったので在庫を滋賀漢方鍼医会の会員にあげてしまいました。数年前に教えてもらったのですけど、練りもぐさをガーゼを当てた茶こし越しに行うと、温灸適にも透熱灸適にも調節ができるという実際を見せてもらいこれは「なるほど」と思いましたが、前述のようにもうねり艾が現存するものしかありません。
 「にき鍼灸院」の治療システムでは鍼が中心でお灸がなくても不自由がないように組み立ててしまいましたから、助手が入ってからも透熱灸は安産灸か裏内庭しか必要となっていませんでした。それでも「どうしても」という温熱刺激が有効だろうという場面のみ、知熱灸をすることになりました。ですから、一日で多くても一人か二人くらいであり、在庫も適当に持っていればいい程度でした。2.5kgの業務用で知熱灸のもぐさは購入するのですけど、三年くらいは十分に使えていました。

 それでも知熱灸が大好きな患者さんからは毎回リクエストされるのであり、必要に応じて施したときには「あぁ気持ちいい」という感想をすべての患者さんから聞きます。そして古典には「灸経」とお灸だけの書物がたくさん存在していて、鍼とお灸は相性の良さから別々に発達していたものがどこかでセットになったという歴史を考えると、お灸が得意とするものはお灸で対処すべきだということですから、助手に頼らなくても自力でできる方法はないものかと模索は続けていました。
 そこへ滋賀漢方鍼医会2016年11月の治療室例会で紹介された温灸器は、「よっしゃ!これだ!」という直感が働きました。三井式温熱治療器というものが存在していることそれ自体は知っていたものの、温灸器の種類が多いですしちょっと試しに購入してみようという値段でもないので指をくわえて見ていたのですけど、実際に使ってみると様々なことがわかるだけでなく、アイデアも浮かんでくるものです。
 当て布(実際に使うのは日本手ぬぐい)をしながらでも患部へ押し当てる形なので、視力を必要とせず的確に施術したい場所へ持って行けることに、まずは興味を引かれました。そして温灸器のほとんどは遠赤外線も出せることを特徴にしていると思われますが、当て布をしながらでもしっかり遠赤外線が内部へ届いている感じなので、一番ここに興味を持ちました。「これなら裏内庭のお灸にも使えるのではないか」、という直感が働いたわけです。

 治療室例会の明くる日、早速に販売店へ電話を入れたのですけど卸販売が製造メーカーからされていないということなので、要するにこれは値引き販売がないということですから一番手っ取り早いアマゾンで検索をして、ちょっと値段的には痛かったのですけど購入手続きをしました。けれど何種類か同時に販売されているようなので別の方法でも検索してみると、なんと二万円も安いタイプがあったので同等の性能でもありそうですから手続きをやり直しました。治療室例会で紹介してもらったものは本体と施術部がセパレートになっているものでしたけど、購入したものは施術部がやや重たいですけど一体型であり私にはこちらの方が扱いやすかったです。
 届いた製品は電話の受話器が大きくなったような形をしており、背面に「高」「切」「低」を切り替えられるスライドスイッチがあるだけのとてもシンプルなものです。治療室例会で見せてもらったものと少し違っていたのは、本体に既に当て布がセットできるようになり一枚分は必ず当て布がある状態からスタートすることでした。さらに一枚日本手ぬぐいも同梱されており、付属していた素人向けのDVDを見ても通常は二枚の当て布で運用することが前提でした。100円ショップで日本手ぬぐいが売っている時代ですから、洗濯のことを考慮してすぐ取りそろえました。電源コードが3mあるので、古いベッドには予備コンセントがありますからそのベッドから接続できるのであり、新しいものでも3mの長さがあれば隣のベッドから電源をもらってこられますし、小さな治療室も壁のコンセントから十分に届くので延長コードを用意する必要もありませんでした。スイッチを入れて30秒程度で十分暖かくなりますから、急ぐときには当て布を一枚とし、1分以上経過してくると当て布を二枚という感じで調節できます。強く当てればそれだけ熱も伝わるのですけど、アイロンのようなものですからポイントだけ力を少し強くすればというところです。
 それで実際の運用ですけど、自ら行うこともありますが院長である私がいちいちやっていたのでは時間が足りなくなってしまいますから助手や補助員に普段は代行をしてもらっています。暖めたい箇所の始点と終点にマジックでマークをつけて、その間を移動させながら暖めてもらいます。特殊なケースを除いては左右対称にマークをつけており、2ラインくらい設定する方が多いです。左右交互に動かしてもらい、目安は「何分間で」という指示の出し方にしています。
 以前から知熱灸の大ファンだった患者さんも、特に違和感なく同じように気持ちいいという感想ですし、温熱刺激もプラスしたいと思っていても手間から飛ばしていた患者さんのほとんどへ施術できるようになりました。もちろん治療成績は上がっていますし、扱いが簡単なので素人の補助員にも管理が任せられます。
 問題はドーゼです。電気式の温熱といいながらも治療には変わりがないのですから、総合で治療料がオーバーしてはいけません。治療時間もオーバーしてはいけません。「にき鍼灸院」では本治法が終わったなら経絡が全身を一巡する半時間程度をそのまま休んでもらうのですけど、時間的にはここを早めに体位変換して温灸器を始めることになります。標治法に関しても患部への鍼数を減らすということになるのですが、これは心理的にも30%カットできるかどうかというところですから、偽鍼で対処し50%以上はカットするようにしています。最後の検脉で脈が開いていないかどうかを確認しています。

 さて、一番の狙い目になる裏内庭の施灸が可能かどうかです。食中毒の患者さんを待っているというのも変な話でしたけど、発生するものは発生するのですからその時を待っていました。温灸器を購入して三ヶ月後の二月の寒い日に、「昨日からの強い腹痛が医者へも行ってみたがどうしても回復しない」という患者さんが来院されます。この患者さんは何度か強い腹痛が回復しないと来院された経験があるのですけど、今回は水分だけで何も食べていないというのにまだ腹痛が続くだけでなく摂取した水分が肛門の方から出てしまうということ、まだ発熱もしていて数脈ですから食中毒だと判断できます。
 裏内庭の施灸方法はいくつかあるようですけど、男は左から女は右から開始して、片方が連続三回熱さを感じたなら反対側を初めて行うという方法で実績があります治療ポイントあれこれ 裏内庭の取穴方法。注意点は必ず三回連続で熱さが通るかどうかで、二回まで連続で熱くても三回目に熱さを感じなければカウントをリセットし、必ず三回連続で熱さを感じるまで施灸を続けます。これを温灸器に置き換えるのですけど、普段は当て布を二枚で行うところを本体に装着されている一枚だけにして、裏内庭へ1秒から2秒程度で離すことにしました。
 患者は女性ですから右足から始めたところ、10回行っても全く熱さを感じません。怪訝そうな顔をされるので試しに腕へ温灸器を当てたところ「これは熱い」という反応であり、その後に30回くらいから時々熱さを感じるようにはなったのですけど単発的であり、やっと三回連続で熱さを感じるには66回必要でした。左足は24回で三回連続の熱さとなりました。途中で熱さが単発的だった段階で「これはしっかり裏内庭の施灸として成立している」という自信はあったのですけど、いざ終わってみると腹痛が解消しておりいつもながらの効果に我ながら感心しているのでありました。その後に食中毒は同じ患者さんともう一人は男性で経験しているのですけど、いずれもその場で腹痛は回復し体調も戻っています。
 この経験を伝えるべく滋賀漢方鍼医会の月例会で裏内庭の取穴方法とともに実技を試みたところ、当て布が一枚とはいいながらも足底のことですから一回目から熱さを感じた会員はいなかったものの三回目には感じているのであり、温灸器が熱すぎるとかやけどしそうだという感想はありませんでした。また心窩部へ熱がつき上がってくるという会員がほとんどであり、熱さがなかなか冷めずに大汗になっている会員もいました。ということで、また裏内庭の施灸は成立しているという証明になりました。

 開業をして約30年、最初から透熱灸は無理だったもののプールで泳いでいると壁を見てクイックターンができたり日本語ワープロがルーペを使いながら打ち込んでいけるくらいの視力がまだ残っていたのですけど、今は全盲になりました。残りわずかの視力さえ奪われていく時期は真綿で首を締め付けられていくような苦しさでしたけど、いざ全盲になれば鍼がより持ちやすくなりました。けれどお灸に関しては助手に頼るしかなく今ひとつ性格的に割り切れなかったのですけど、別項目で書いている標治法へ加えた「ゾーン処置」とほぼ同時に温灸器を導入できたことにより、治療全体がさらにすっきりしました。現在のように鍼灸免許を持った助手が在籍していなくても、お灸ができることは「もう何も怖くないぞ」とまではいきませんけど、一人であっても全方位で対処ができるのであり長年望んでいたアイテムが手に入ってうれしくて仕方ありません。