『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

左上腕骨が亀裂骨折、自己治療と物理的修復の意義

 昨年(2018年)11月に、左上腕骨の亀裂骨折を起こしてしまうという大けがをしてしまいました。幸か不幸か自分で診察・診断から治療までできてしまいますから経済的損失はなく、そしていろいろな癲での勉強もさせてもらったので今となっては必然の出来事だったかも知れないと思えます。けれど、当初は「このけがに負けるものか」という気合いで乗り切れたものの、亜急性期を過ぎて症状が慢性に移行してから改めて診察し直すと亀裂が骨のほとんど中心部までに達しており、もう少しで複雑骨折から形成外科での手術を受けなければならなかったかも知れない大けがに冷や汗を流したものです。冗談ではなくしばらく鍼灸院を休業せねばならなかったかもという状況、開業以来の危機に間一髪でした。
 ということで、どのようにして診断して治療をしていったかについて、今後の若い鍼灸師の参考になればと書き残すことにしました。

 まずけがが発生してしまった状況ですけど、視覚障害者協会の秋の運動イベントで毎年ならグランドゴルフのところを、盲学校時代の運動会に近いものを一度やってみようということになり、県協会の役員の努力で盛大なものが開催されました。私は鍼灸優先で絶対に重役は受けられないという条件付きながら、彦根市協会役員を引き受けた一年目だったので参加をしていました。参加した競技の一つが円周走でした。
 円周走というのは、数学で使ったコンパスをまず思い浮かべてください。中心ポイントに針を突き刺したなら、ぐるっと回すと円が描ける道具です。これを人間の大きさでやっているのが円周走で、かなり昔からあるアイデア競技です。中心ポイントに打ち込んだ杭にはベアリングが装着されていて、そこから電車のつり革のようなハンドル付きのひもを伸ばしておくと、ぐるぐる回りながらですが視覚障害者が単独で全力疾走をできるようになります。盲学校では全盲生徒の走る競技であり、盲学校対抗の陸上大会でも実施されていました。
 前日にもランニングマシンでも走っていましたから軽快に飛ばして半周近く担った頃、何かに引きずられるように抵抗する間もなく転倒してしまいました。「あれっ、まだ足がもつれる年齢ではないのに」と思いつつ、起き上がって走り出したのですけど、すぐまた同じように転倒をしてしまいました。「これは自分の走り方に原因があるのではない」とわかってその後はゆっくりゴールしたのですけど、もう後の祭りです。
 前述のように円周走では両手を振ることは可能なのですけどハンドルを握りながら走るのであり、ハンドルは利き手の右手で持つケースがほとんどなので転倒したときには左手からまず地面へたたきつけられました。私の体重がおおよそ67kgのところへほとんど全力疾走でしたから勢いがついて左手への不化は体重の最低でも二倍、予期せぬ転倒ですから重力が加わっておそらく三倍以上ですから200kgもの圧力が瞬間的に左手一本に加わったことになります。二度目はまだそれほどの距離を走っていなかったといいながらも連続なので同じくらいの衝撃であり、連続でこのような負荷がかかればベクトル的に一番力点が来た上腕骨が骨折しても仕方ありません。上腕だけでなく肩関節にも強い痛みを感じてきましたし、右大腿部後側に肉離れが発生したことは直後から診察しなくてもわかりました。

 外傷はなく準備が相当に大変だったはずの初イベントでしたから、自己治療で回復させられる自信はあったので実は大けがになっていることを伝えずに帰宅してきました。一番簡便で確実な骨折の診断法は、遠くから打診をして患部に響きがあるかどうかです。痛みがあるかどうかではなく、響きを確認します。診察が慣れてくると方向と響きが発生する距離から、亀裂の程度もわかるようになってきます。現場でも響きがあったので亀裂骨折は確信していたのですけど、寝室に寝転がりながら響く強さと距離を何度も測定すると、上腕骨の中点から上下に大きな亀裂だとわかり、予想を上回っていました。
 さらに肩関節のダメージについては即断ができないので、入浴の代わりもかねてプールへ出かけてみたのですけど段々と挙上範囲が小さくなってきていたなら、もう三十度も上がらなくなっていてみるみる腫れ上がってきています。周囲に気づかれないようにすぐプールから上がってシャワーだけして戻ってきたのですけど、着替えで悲鳴をあげないように我慢するのがもうこの時間帯になると必死でした。パジャマに着替えるのがもう一度大変でしたが、本治法を脾虚肝実証で行い、左腕が心臓の高さよりも高くなるようにタオルを入れて仰臥位で休みました。
 奥さんが帰宅してきたので事情を説明し、上腕だけでなく肩甲骨周囲など怪しそうなところへ広範囲に瀉法鍼を行ってもらいました(瀉法鍼は強引に血を動かせる特殊アイテムです)。これで強くなってきていた自発痛はそれ以上になることを食い止められたのですけど、夜には左腕が倍の大きさに腫れ上がってしまいました。発熱もしてきたのですけど幸いなことに連休の初日だったので明くる日は一日安静にすることができ、何度も本治法を繰り返すことで夜には子供の少年野球で企画されていた懇親会へ顔を出す元気は戻ってきました。でも、強がりでビールを飲んでいましたが左手でコップを持つことはやはりできませんでした。

 けがから二日後には治療室へたたねばなりません。挙上が二十度程度しかできないのですが、小柄な人だと肘を曲げれば普通に両手で脈診できると思っていたのにこれはとんでもない間違いで、まず脇がほとんど開かないので患者さんの右手をつかみに行くことができません。自分の右手で患者さんの右手を胸の前まで持ってきて、これでやっと脈診させてもらえるという状況が一ヶ月は続きました。一週間で四十五度くらいは挙上ができるようになったのに、上腕骨に亀裂が入っていると力が入らないというか入れるとなんともいえない不愉快な痛みが発生してしまうので、骨折が回復するまで左腕一本で脈診部位まで伸ばすことができないので患者さんには迷惑をおかけしてしまいました。まぁ「いつもとちょっと違うなぁ」程度にしか、気づかれてはいなかったでしょうが・・・。
 証決定は脈診だけでなく腹診と肩上部の改善の「三点セット」を再三にチェックすることで、スピードは落ちますが乗り切りました。臨床では脈診が圧倒的なウェイトを占めるものの、それだけに頼りすぎない体制にしておくことが本当に大切だと今更ながら身にしみました。こだわっての選穴まではできなくても三点セットにしておけば、あさっての方向へ向かって治療をしてしまうことだけは避けられますから。見た目でわかるものの恐れていたほどには左の指先までは腫れなかったので取穴も手法も普通にこなせたので、本治法に支障がなかったことは心からうれしかったです。古典のあちこちに経絡は一日で五十周すると書かれてあり一周はおおむね半時間を意識して、本治法をしてから自己治癒力を高めるために半時間くらい休んでもらうシステムに開業時からしていることが、治療精度を落とさないキーポイントになりました。ここでも患者さん自身に助けてもらっていたことになります。だからこそ最初の本治法で80%は勝負が決まるということ、集中力を切らさないようにより頑張りました。
 ところが標治法の時間は三ヶ月くらい苦しみが続きました。まず当初はほとんど脇が開けないので、痛みにこちらが顔をゆがめながら左腕を伸ばして押手を作るという場面が再三でした。側臥位で膝窩へ手を伸ばすなどは「勘弁してくれ」と思ったくらいです。女性できつい下着を着けられているケースも、今までなんとも思わなかったのにちょっと持ち上げるだけのことがこれほど大変なのだと後でどっと疲れました。「必要は発明の母なり」で、背部や下肢への散鍼をどうやったなら数が減らしても大丈夫なのか、たくさん工夫をしました。痛みが発生してくることにも困りましたが、触覚での利き手は左なのでこれを補うのは容易なことではなく、左手では無意識に指先を滑らせていく角度を変化させて目的の触覚を捉えていたようで、右手の訓練にはなったといいながらも頭の中で「ここはこんな風に動かした方がいいだろう」と同時処理しながらですから、これまた疲れました。例えるなら反対の手で箸を持ってご飯を食べているような感じで最終的には満腹になれるもののいつもほどおいしくないものであり、治療効果も満足はできるのですけど確信の持てない場面も実はありました。箸を持つのと同じく、使えるようになったなら左手へすぐ体表観察の担当は戻しています。標治法を通じて、「鍼灸師の腕前」は感性と触覚が半分ずつなのだと思い知りました。

 さて具体的な自己治療なのですけど、治療の主役はなんといっても本治法です。痛む部位や状態が仕事状況によって毎日変わっていきますから、証決定も毎日のように変更して追随することがポイントだったと思います。痛みが強いと肝実証を含めた邪気論を選択することが多かったのですが、疲労が強いと生気論(気血津液論)で治療した方がより全身が動くのであり、こだわらずにその時々としました。また急性期はもちろん亜急性期でも数脈になっていることが多かったので陽経から治療をしており、時邪をまず払うことにより切り分けを見極められたのは大きかったです。時には本治法の鍼が患部へ響くこともあり、直後から左腕の腫れが小さくなるのは面白かったのですがそれ以上にまだ必死な時期でした。
 骨折している患部への標治法は前述した「瀉法鍼」、この特殊アイテムが存在しているからこそ診療を一日も休むことなく続けられたのでありました。詳しい説明とビデオは半月板損傷と肉離れの治療をビデオでも解説 瀉法鍼の活用例がホームページ上にあります。今回のような亀裂骨折もそうですし、膝の半月板損傷や足首のねんざだと思い込んでいて実は剥離骨折などというケースは非常に多く、画像診断のみに骨折の判断を頼ってしまうので細かな見極められないものが整形外科で見落とされてしまい、痛みに苦しみ続けられている患者さんは世間に多いものです。診断はこれも前述した遠い部位を打診して患部に響きがあるかどうかであり、両方の寸口が同時に強くなっている脈状も特徴です。以前に自転車で転倒してしまい、ほとんど同じ箇所の上腕骨亀裂骨折が発生していた患者さんの回復は順調だったのですけど、家族が鍼灸師の診断だけでは不安だからと強引にレントゲン検査を受けさせたところ結果は同じであるだけでなく、ギブス固定をしても仕方ない部位なのでそのまま鍼灸治療を受けた方がいいとまで言われました。一般に骨折は時間経過があれば自然にくっつくものと信じられていますけど、これは大きな間違いで強烈に固定しないと自然形成はされません。もしくは強引に血を動かして形成を促すしかなく、瀉法鍼はこれを可能にする特殊アイテムです。悪口に聞こえてしまうかもしれませんけど、接骨院といいながら骨を接ぐことができない現代のやり方を鍼灸師は確実に越えていける手段があるのです。
 上腕骨の亀裂は予想外にほぼ中心部まで達していましたから後で冷や汗を流したものの、全治三週間の診断を四週間に変更してこちらは予測通りに回復ができました。しかし、転倒時に同時にダメージを受けた肩関節の治療がここからです。雲門や顴の強烈な痛みで水平にまだ左腕が挙上できません。やっと局所のこもっていた熱が下がってきた状態ということは、腱板や靭帯に相当なダメージがあるだけでなく、肩関節の亜脱臼も間違いありません。治療のポイント 実技編 肩関節脱臼の整復法で紹介しているように整復方法そのものは安全で簡便なのですけど、けがから一ヶ月ではとても痛すぎてまだできる状態ではありませんでした。三ヶ月経過して七十度くらいまで左腕が挙上できるようになった段階からようやく自分一人で整復方法を開始して、一ヶ月経過して明らかに前方向へ飛び出していた関節が見た目ではわからないところまで正常な位置へ戻ってきています。ただ、脳疾患後に肩関節の亜脱臼を起こしていた患者さんの治療期間は二ヶ月半から三ヶ月が平均的なところなので、自分だけそんなに早く回復できるはずはなく毎年参加を続けていた水泳の長距離記録会が四ヶ月目にあったのですけど、三ヶ月目から無理を承知で泳いでのリハビリを試みましたけどクロールのリカバリ時に強烈な痛みが発生してきており、痛みを我慢してある程度の距離を泳ぐことはできても痛めるべくして痛めてしまうのでこれは棄権せざるを得ませんでした。患者教育の立場からも、自分だけ記録維持のために強引に参加してくるなどできない話でした。

 私が物理的変化にも積極的に取り組むようになったのは、開業して数年後からです。手首と足首のねんざと肘の脱臼の整復法は学生時代から知っており、素人さんは足首の捻挫は知っていても手首に捻挫があるなどは知らないので即効性に驚かれていましたけど、主にはスポーツ選手に用いるだけで「本治法の前にとりあえず整復しておこうか」という感じでした。下積み修業時代に師匠がカイロプラクティックの講習を受けた経験があり骨盤のゆがみについて解説を聞いてはいましたが、最初の診察を終えたならすぐ腹臥位で大量の置鍼をするというスタイルだったので、当時は治療中の楽な姿勢を作るためのもの程度にしか考えられませんでした。また時々骨盤矯正をされても劇的な変化を見たことはなく、骨盤のゆがみがこれほど影響の大きいものとは思ってもいませんでした。
 ところが、漢方鍼医会が発足して数年間は数人の先生が公開の場で実技を共同進行させて検討するという試みがあり、福岡の先生が効果判定の一つとして手の長さが整うということを見せてくれました。詳細を忘れてしまったのですけど上半身に主訴のあるモデル患者で、診察段階で手の長さが結構違っていたのだと思います。痛みなどで手足の長さが不揃いになることは知っていましたが本治法だけできれいにそろってしまうという発想がなかったのですぐ追試をすると、なんとなんときれいに整ってしまうことがほとんどだったのです。骨盤のゆがみは両足の長さとアキレス腱の太さの違いで推測できますから着目していると、5mm以内なら許容範囲だと聞いていたので本治法をしても5mm以上の違いが残ってしまうケースに骨盤矯正を行うと劇的効果が連続だったのです。部活のサッカー中に突然動けなくなり、担ぎ込まれてきたなら3cmも足の長さが違っていて本治法をしても2cmにまでしか縮まらなかったので骨盤矯正を試みると、大きな音が鳴って何事もなかったように歩いて帰宅していくなどが続出でした。
 さらに瀉法鍼で突き指が劇的に回復するケースから血を強引に動かせる特殊アイテムとして応用範囲を拡大していくと、半月板損傷や亀裂骨折が実は多数存在していることがわかり、これらは当然物理的修復をしなければなりませんが、瀉法鍼さえあればごく簡単な処置でできてしまいます。本治法こそ鍼治療の王道で勝るものはないと思って修練してきたのに、「んっ、なんじゃこれは」という感じでした。
 けれど、あるときにどんな薬を飲んでも一ヶ月半も全く頭痛が停止せず、検査でも異常が見つからないという患者さんが来院されます。これは困ったと全身の流注を探っていると足の長さが3cmも違っているのに腰痛は感じないといいますから、「ひょっとして影響が下方向ではなく上方向に向かってしまい頭痛になっているのでは」という直感で骨盤矯正だけやってみると、瞬間的に頭痛が半分になってしまいました。「あぁこんなこともあるんだ」と実験的に何度か繰り返しますが、それ以上は回復をしません。一通りの鍼灸治療をすると頭痛はさらに少し回復していたので、最後に骨盤矯正をすると一気にまた痛みが回復してきました。この経験から、経絡の調整で自然治癒力から物理的な修復が瞬間的に行われるもののひずみが大きすぎる場合には徒手で手伝ってやるとより効果的であり、強引な徒手矯正では限界がすぐ来てしまうのに対して経絡の調整があるとスムーズでありリスクの軽減にもつながると確信を持ちました。
 つまり、「経絡の調整のためにこのように活用する」という理由付けと理論があれば、鍼灸治療の一部として取り込めてしまうのであり理論から拡張していくことが可能になります。実際に骨盤のずれから膝窩やかかとの痛みに苦労していたものを確実に回復できるようになりましたし、側頸部の強烈な硬結が顔面の様々な症状を引き起こすこともわかって治癒できるようになりましたし、胸腔鏡は胸の手術を劇的にリスク低減させたのですけど傷の痛みが残るケースをひずみを中心に考えると効果的な治療ができていたりと、実は一番望まれているニーズに応えられているのではと自負しています。このようなことは開業している鍼灸師でないとなかなか行えないことであり、本当に望まれている治療を鍼灸師は担っていかねばならないと思っています。

 四ヶ月経過して、まだ左肩関節の可動域が完全に戻らず最後には深い部分で強烈な痛みを感じるのは、亜脱臼が戻りきっていないからでしょう。そして無理な動作をした後には自発痛が残るのですけど、これは着実に時間が短くなってきており回復を実感しています。痛む箇所が深いので「ここに毫鍼を刺鍼すれば」と思わず発想しがちですけど、円皮鍼を付けてみるとそのときには多少の緩和はあるものの別の箇所に痛みを感じるのであり、これは円皮鍼が経絡流注のコントロールをする道具からすれば当然のことですし、毫鍼を深く刺鍼しても物理的に引っかかりがあるのですから一時的な効果しか得られないのは明白なので、実際にはやっていません。“ていしん”治療を目的に通院していただいている患者さんへも、失礼な行動になってしまうでしょう(まぁ素人さんはどこかで刺激治療も受けていても不思議でありませんし止めることもしていません)。
 ここまでの大けがなので違和感なく回復するには半年必要でしょうから、自己治療をこれからも行っていきます。でもでも、泳げないのは本当にストレスですけどね。