(この文章は2018年3月18日に開催された滋賀漢方鍼医会月例会での朝の挨拶からです)
熱状態での脈状について
本日の3月18日は、岡山県で初めて点字ブロックが敷設されたということで点字ブロックの記念日だそうです。点字ブロックは、日本で考案されたものです。視覚障害者が歩くのに何か目印があればということを、岡山県の盲学校の先生が考案されたそうです。JRなど鉄道施設には必ず敷設されていますし、今やどこでも見かけるようになったという感じです。数年前までJR西日本だと「黄色い線の内側までお下がりください」というアナウンスだったのですけど、自動音声が「黄色い点字ブロックの後ろ側へお下がりください」という風に変わってきています。2020東京オリンピック・パラリンピックを機会に、もっとバリアフリーな世界になることを期待し努力できるところは努力していきたいものです。
それで私が挨拶を担当するときには症例発表を盛り込んでいるのですけど、今回は熱の話題ということで話していきます。この冬は北陸や北日本と地域によってものすごい豪雪でした。私が住んでいる彦根では昨年が60cmと35年ぶりの豪雪で自動車が一週間まともに動かなかったのですけど、今年は30cmと「去年に比べたならかわいらしいものさ」で済みましたが、その代わりに雪が降ったなら普通は気温が上昇するのに全く暖かくならない非常に厳しい冬となりました。インフルエンザも近年にない大流行で、後でこの話はもう一度しますが私自身が高熱で寝込んでしまい、小学生以来という状態を経験しました。そういう状況でしたから熱に関する患者さんが大勢来院されていたので、熱の話しにしました。
まず四大病型から考察を始めると、四大病型で熱の状態というのは実熱の陽実証であり陰虚証も虚熱を表しています。それから陰実証なのですけど、陽実証と似た振る舞いをしている時期と陰虚証と似た振る舞いをしている時期には熱が上昇しています。要するに、陽虚以外は全部熱だということになります。陰実証は不満性で古くなりすぎると中心部の悪血は熱を持っているものの、表面の循環を阻害するので症状としては陽虚そっくりになります。
まず陰虚、これは一番遭遇しやすいものです。簡単で一番わかりやすく遭遇しているのは「冷えのぼせ」です。必ずしもセットではなく「のぼせ」だけというのも多くありますが、このときに使いやすい経穴は陰経では経金穴や合水穴になります。これは五行穴が体幹の方へ向かっていくと、段々と深い場所へ作用するようになっているからです。これが熱に対する一つの対処法です。最近は陽谿までは使わず陰経の一つの経穴だけで本治法を終えてしまおうとする傾向が強いので使用頻度が下がってきていますが、下合穴を用いるのも有効です。三焦の下合穴は委陽、大腸の下合穴は上巨虚、小腸の下合穴は下巨虚です。ほかに胃は足三里、胆は陽陵泉、膀胱は委中が合穴であり、下の方にある合穴で気を下焦へ引き下げるというのが本治法での対処ということになります。標治法においても首から背中・下肢へと、気を引き下げてくるようにと施術するのが一般的です。
「熱」と聞いて、特に学校教育の中で熱といえば陽実をさして教わることが多かったのではないかと思います。陽の部分であるいは陽谿に邪があり、しかもこいつが激しく暴れているというものです。発熱をしていて当然身体そのものも暑く、脈は浮で数です。
1月末に私が小学生以来のひどいインフルエンザになってしまいました。インフルエンザ自体が10年に一度くらいしか感染していませんから、ちょっと自信過剰だったと思います。元々から子供がもらってきていたインフルエンザをぎりぎりで踏みとどまっていたものが、金曜日は積雪で来院される患者さんがほとんどおらず預かっていたノートパソコンのセットアップをファンヒーターの横でやっていてすでに寒気がしていたのですけど、仕事が終わって雪が降っている中を自宅まで自力で戻ろうとして20分くらいさまよって一度に身体が冷えてしまい、一気に発病してしまったという感じでした。土曜日の午後は、へろへろになっていました。土曜日の午前中はまだ平気な状態だったので12人の治療をしていたのですけど、午後になると8人がよくぞ治療できたという感じで、特に最後の3人は「よくできたよなぁ」という感じでした。まず患者さんの本治法をしてそこから半時間ほど休んでもらうのですけど、ついでに自分も小児鍼専用ベッドで横になっていたなら自分が睡眠に落ちてしまうくらいの状態でした。自宅は鍼灸院からすぐ近くなのですけど、パートさんが「先生危ないですから送ります」と自動車に乗せてくれたくらいで、帰宅して検温したなら39度をばっちり超えていました。そこから月曜日の朝まで解熱しない状態でした。これは全身の筋肉がガタガタになりました。今から二週間前の名古屋で水泳のロングだけの記録会で800m自由形と1500m自由形を泳いできたのですけど、泳ぐこと自体はインフルエンザの一週間後くらいから再開して800mくらいのロングは泳げたのですけど全身に力が入らないのです。もう五十歳を超えましたから「これは完全回復に三ヶ月くらいかかるだろうなぁ」と思っていたのですけど、現時点で90%くらいです。この年齢ですから劇的にタイムが短縮できるということはないのですけど、どちらも昨年から30秒ずつくらい遅かったので「あかんなぁ」と反省であり、だからいつまで経過しても記録会への出場がやめられないという、馬鹿なことを繰り返しています。
話を元に戻して、治療なのですけど本治法は一般的な考え方なら陰経から補って陽経で邪を九鍼十二原篇に出てくる瀉法で抜く。今回のような高熱だと井穴刺絡という飛び道具があるのですけど、自分の脈なのにそれさえも診察するのがつらいという時間帯が長く残念ながら鍼治療をしていませんでした。今の漢方鍼医会の方向だと剛柔理論で陽経から邪論で行うということになるでしょうか。肺病のケースが多いので、肺経の剛柔は小腸経になりますから前谷や陽谷などを用いるケースが多いと思われます。気血津液論をベースとして剛柔から肺経を救うということも多くあるので、腕骨や養老を衛気の手法で行うことも多いです。標治法だと背部はきわめて軽く、瀉的に営気の手法を行わねばならないことがあるでしょうし局所に瀉法鍼を行うことも効果的だろうと思います。
これらが四大病型からのものなのですけど、熱の分類にはいろいろあって「真熱」という言葉を聞いたことがあるのではと思います。「真熱」「心熱」「芯熱」と、要するに真ん中に熱があるという意味です。
体温計で計測している熱というのは、表面の熱のことを指しています。ですから39度や40度にもなってくると真っ赤な顔になり汗も噴き出ているのですけど、内部が冷えてしまっているのが本質ですから本人は寒さを訴え全身が震えてしまうのです。人間は体内の、内部の温度を感じることしかできないからです。ですから氷嚢で頭を冷やすなどはいいのですけど、「暑そうだから」とアイスクリームを食べさせるのは中が冷えているので頑張って外が熱を出してバランスを取ろうとしているのに逆効果になります。ここまでが西洋医学でも理解をしている体温の仕組みです。
真熱というのはこの逆で、身体内部に熱があるという状態のことをいいます。本人は「熱っぽい」暑いなぁ」と訴えるのですけど、体温計で測定すると上がっていてもせいぜい36度台後半にしかなっていません。表面の部分というのは薄いですから夕方くらいになると疲れが出てしまい、内部の熱に抵抗しきれず体温計の数値でも微熱にはなってしまいます。けれど明くる朝にはまた数値的には下がってしまっているのに、本人は暑いとかだるいなどを訴えるということになります。あまりに小さな子供だと本当に37度や38度になることもあるのはあるのですけど、「微熱があるかどうかくらいなのにどうして?」というのが素人さんの反応になります。
真熱かどうかを見抜く方法なのですが、問診で「自分は暑いかどうか」と質問をします。脈診では浮中沈の中、菽法でいえば九菽を中心にその上下で盛り上がっているというのか太くなっているような感じになり、上下が薄っぺらいという特徴になります。このような脈状をしていると、内部に熱がこもっているという診断ができます。「にき鍼灸院」の助手を経験した人は知っているでしょうけど、脈診でほぼ見抜いているというか問診をしない段階でわかってしまいますから「こういう症状でしょ」とこちらから整理しながら聞いてしまっています。
一番最近の真熱の症例です。金曜日ですから一昨日の夜に、「実は子供が38度になっていたので病院へ連れて行って37度に一度下がったのにまた38度に上がってしまっているので治療をしてほしい」ということでした。連れてきたお母さんは一ヶ月くらい前から甲状腺疾患の橋本病で治療を始めたばかりの人なのですけど、治療をするまではとにかく朝が起きられない倦怠感が強いなどは朝飯前の不定愁訴満載状態だったのですけど三回の治療でものすごく元気になってしまい、あまりにうれしくて公園で子供と走り回っていたなら子供の方が今度は疲れから発熱してしまったというものです。まぁお母さんがそこまで元気になったのですから、原因はいいとしましょう。四歳の女の子なのですけど脈診すると総按で九菽を中心に太くなっているので、「子供はだるそうにしていませんか」と問診すると「そうそう、それそれ」というお母さんの反応です。そして橋本病でつらいときのような顔もしているといいます。「これは真熱というものです」と診断結果は告げたのですけど、橋本病で20年以上も苦しみ続けていたものが急速に回復してきていますから鍼灸や身体について興味津々であり毎回質問攻め状態なので、真熱については「子供の発熱には必読 真熱の話」のパンフレットを読んでくださいということにしました。真熱は西洋医学にはない概念なので、このケース以外でも「詳しいことはパンフレットを読んでいただいた方が理解も納得もできます」と応対しています。そしてこの子供ですけど、昨日にも来院していましたがすっかり元気になっていました。
治療の時に気をつけなければならない熱としては、保温と加温の違いがあります。保温は自分の体温を逃がさないようにすることで、これは悪影響を出すことがありません。腹巻きをするとか足下を冷やさないようにぱっちやレッグウォーマーを装着して保護するとかです。ところが、患者さんの大多数が間違っているのは加温で、カイロを貼ったり入浴をすることです。「痛みが発生してきた初期状態は絶対に暖めてはいけない」と治療室では厳重注意をするのですけど、それをわからずに自分で痛みを悪化させてから来院するのが素人さんです。「痛みは暖めると回復するのでは」と根拠のない観念で行動してみたり、腰痛の時にお風呂へ入ったなら楽になったり痛みを感じなくなったりするものですから中には必死になって毎日入り続けてきたというケースが後を絶ちません。
「それがあかんかったんやで」と告げると不思議そうな顔をされます。そこで「痛いということはその箇所が炎症を起こしているということでしょ、炎症を起こしているのをもっと簡単に言うとそこが腫れているということでしょ、腫れているものを暖めたならどないなる?」とここまでやんわり説明をしてきて、やっと「あっそうか」ということになります。お風呂で痛みが楽になったから今の間に寝てしまおうと布団へ潜り込むと、その頃から湯冷めをするので逆に痛みが強くなってくることを繰り返していたんじゃないですか?と質問すると、「そうそう」という反応になるパターンです。毎日逆に痛みが強くなるパターンを繰り返していたなら、「どうして気づかない?」といいたいところですけど、そこが素人さんの理解の範囲なのでしょうね。
ということで今年に入っておもしろいだろう症例を三つ用意してきたのですけど、時間が長くなってきましたので一つだけ紹介することにします。
患者は八十二歳のおじいちゃんです。女子高生の孫がいるのですけど、住居が琵琶湖沿いなので最寄り駅までの距離が8kmくらいあるそうです。通学するのに最寄り駅まで「自転車で行きなさい」というのですけど、現代っ子のわがままなのか育った習慣からなのか絶対に一人では出かけないのだそうです。送迎が必要だということでおじいちゃんが運転手であり、八十歳を過ぎているなら免許返納を考えるところがどうしても残り一年間は元気で運転をしてもらわないと困るという、出戻りの母子家庭からちょっと変なことになっていました。
昨年末から肩上部の痛みは感じ始めていたのですけど、この時点ではたいしたことなく大丈夫でした。今年に入って一月末に積雪があり、住居が琵琶湖沿いなので風が強く吹く場所であり家の周囲は吹きだまりになってしまい、ちょっとしたことで雪がものすごい量になってしまうのだそうです。昨年の彦根では35年ぶりの60cmを超えた大雪の時には軽く1mあったそうですし、今年の私がインフルエンザになってしまったときの30cmの積雪がその家では50cmになってしまうということで、「とにかく運転手はしてほしいので年齢なんだから除雪作業はしなくてもいい」と娘さんに言われていたのに自動車を出すためにと除雪作業をしたなら、肩上部の痛みが強くなってしまいました。そこで「早く鍼灸院へ行こう」と勧められていたのですが、自分でなんとかしたいと思われていたのでしょう近くの整形外科へ通院されていました。しかし、水平にも上肢は挙上できなくなり自発痛も激しいということで連れてきてもらいました。
加温をしていたときの脈状というのは、菽法でいえば十五菽から九菽あたりまでは分厚い感じで上がってくるのに、さらに上になると急に分厚さがなくなってしまうのです。この脈状がすぐ見つかったので「お風呂へ入っていませんか」「しっかり暖めていませんかと質問したのですけど、「いや私は若い頃からお風呂は10分しか入らない」との答えです。「この寒いのに湯船に入ってもすぐ上がってしまうの」と念を押したのですけど、「寒くても元々が短いのだからほとんど入らない」のだといいます。この脈状だとそれはおかしいと思いつつ、初回なので強引に突っ込まなくてもいいかと治療を一通り終えました。二度目を三日後に来院してもらったのですけど、痛みが半減しているだろうと予想していたのに変化がありませんでした。おばあちゃんが付き添いで入ってきて、服の脱着を手伝ったりしています。「この状況はおかしいぞ」とは思っていたのですけど、さらに三回目を三日後に来院してもらうともう一人では歩けず寝返りもできず衣服の脱着は全く自力ではできないのです。こちらの方がどきどきしながらも診察をすると、やっぱり加温をしている脈状が触れるのです。「お風呂は入っていませんよね」と三度目の質問をすると「こんな衣服の脱着もできない状態ですからお風呂は入っていません」と当たり前の答えが戻ってきました。ここで「あっ」という感じで気づいたのは、電気毛布でした。「寒いから電気毛布を入れてませんか」の質問には「入れています」ということなので、「温度設定を上げたでしょ」の質問、「上げました」ということでここに症状悪化の原因がありました。電気毛布で暖めることが肩上部の腫れを回復させないどころか痛みを悪化させている原因なので、今晩から停止するようにと説明をしました。そして二度も見落としていたのか除去されていたのでわからなかったのか腰にカイロが貼ってあるのでなぜかと質問すると、30年前に腰の手術を受けた後に医者からずっと暖め続けろと言われたので夏でもカイロを貼り続ける生活をしていたといいますから、あまりに無茶苦茶なのでこちらもカイロは張らない方がいいと説明し命令口調で即座に取ってもらうことにしました。
明くる朝のことです。ここ数日は寝返りをすることが痛くてできず、トイレへ行くのもおばあちゃんに早くから伝えて手伝ってもらわなければなりませんしズボンもパンツも下ろしてもらっていたという弱り方だったのですが、何気なくトイレへ立って済んでからドアを閉めたなら「あれっ痛みがない」どころか一人で動けていることに気づいたなら、男泣きに泣いたという話でした。おばあちゃんが大泣きに泣いている声を聞いて驚いて出てきたなら、うれし涙だったという話でした。
それでは本日も、楽しみながらの雰囲気でいい勉強会になるように、みんなで協力しながら行っていきましょう。