「世界に羽ばたく日本伝統鍼灸 ~学理と術技を未来に託す~」をテーマに、2025年10月11日から12日にかけて第53回日本伝統鍼灸学会学術大会が東京で開催されました。今大会はちょっと準備が違っていて、東洋はり医学会主観で行われました。賛助団体の視点からcovid-19の影響より、どこの研修会も同じ悩みを抱えている会員数が減少した状態からなかなか戻せていないことを考慮し、テーマの中にも「未来へ託す」という言葉が入っているように、伝統鍼灸未経験者や初学者を研修会に定着してもらおうという実技中心の大会とされました。
臨床家としては各研修会の実技がふんだんに見られるということで、自分たちも出演していますし時間が多く被ったのですがそこは時代の流れでアーカイブ配信が後日あるので、しっかり遭遇していなかった実技とほぼ聞くことのできていなかった講演を勉強させてもらいます。以前なら「現地参加しないなんて臨床家の風上にもおけん!!」と憤慨しそうなところですが、すべてのプログラムが後からにはなりますが参加できるメリットは非常に大きいです。でもでも、やはりライブの魅力のほうが遥かに大きいので、可能なら現地参加優先で考えていただきたいですが…。
実技が多く入る大会というのは一年前の理事会の報告で早めにわかっていたので、委員長をさせてもらっている「視覚障害者支援委員会」としては企画は提出したものの一度目は通過できなかった“視覚障害者に参加優先枠のある実技”を、どうしても実現したいと強くプッシュしていきました。私が書いた小6に共通する冒頭部分です。
視覚障害のある参加者に、実技中の経過を触って確認していただける優先枠がある実技セッションです。施術者も視覚障害者が担当しており、見ることが基準でなく触ることを基準とした解説で進行します。セッション時間が長く設定してあり、治療実技の前後には晴眼者や学生にもできる限り「触って確認してもらう」時間となっています。
ということで、近年の学術大会はパワーポイントを用いながらの講演に加えて実技も舞台上ですから、大勢のギャラリーに一度に見せるという点では有利なものの「こうなっています」「このようにします」「これをみてください」「この角度で刺鍼します」などなど、鍼灸は手の技術なのに実際には触れてくれない・触らせてもらえない・体験できないという、特に視覚障害者には単にテレビを見ている以上に苦痛な場面が多くなったというのが実情です。晴眼者にはわかりにくいところではあるものの、同じ鍼灸師なら手を持ってもらっての実技がいかに大切かはは共通であり、「それなら視覚障害者の視点での実技セッションがあればわかりやすいし、訪問マッサージやヘルスキーパーよりずっと経済的にも恵まれる新旧専門の道を知ってもらいたい」という意見が委員会から出ていたのでした。
東洋はり医学会主観の大会ですから実技セッションは東洋はり医学会となりますが、鍼灸経絡紘鍼会からもこの企画にはぜひとも参加したいという熱望が出され、実行委員会と掛け合って一日目と二日目に分けて2つの枠をもらうことができました。10月の三連休ながら土曜日が入ってしまったので、二度の実技セッションになったことは非常に大きかったです。
具体的にはどんな実技セッションにすればいいのか、これは提案した側ではありますが我々も暗中模索からです。一般の実技セッションでは会場から検脈者を募集しても治療の前後のみの確認になっているので、途中で何度も触ってもらい会場へ感想を伝えてもらおうという形はどうかということにしました。
これで2月の連絡会で一度目のリハーサルを行いましたが、グダグダのどうしようもない内輪でやっていてもわかりにくいものに。自分たちの研修会の特徴は解説が詳細になる上に手もきっちり取って解説をしたいと、力説したいのはわかりますが逆に細かすぎる状態になっていました。一つ実技進行の中で今までになかったアイデアが出てきたのは、座長がわかりにくそうな場面で注釈というよりも突っ込みを入れること。要するに会場の参加者が「そこがわかりにくい」「もう少し言葉で説明してほしい」「このようにしますはどんなこと!!」と、容赦なく疑問をその場でぶつけていくのは様子が見えるということでした。
2月は元々からラウンド2の実技も行うことにしていたので、反省点を踏まえてもう一度やり直すと、ある程度までですが手応えは得られた感じでした。それでもどうしても細かな技術、特に研修会で独自開発したり進化してきた特徴的な手法についてはついつい時間を割いてしまう傾向があるので、自分たちの研修会ではなく学術大会は様々な流派の人がいて優位性のアピールではなく切磋琢磨の現場であること、広く浅く体験してもらうことが目的と確認して、もう一度のリハーサルを準備することにしました。
7月の二度目のリハーサル、抄録は提出済みなので前説をなるべく省略形にしてという打ち合わせなのに、やはり力が入ってしまいます。座長からの突っ込みで実技を概ね30分で仕上がるようにタイムキープするのですが、こちらも興味のある事項になるとのめり込んで途中からペースダウンになったのは個人的に反省です。それでも全体で90分と、当初予定より30分多く時間設定されたので一通りの実技が終了したあとで体験をしてもらえるようになったので、施術者を多くしてもらい治療そのものをやっても構わないかもしれないという流れになってきました。
さて本番ですが、親切心から出てしまうことですが前説を短くと打ち合わせしてあるのに、放置しておくといくらでも喋り続けそうな勢いです。特に二日目は突っ込みを少なめにという要望を直前に出されましたから尊重したところ、半分演説会のような感じに。当日の大まかな流れを書いていくと、
一日目の鍼灸経絡紘鍼会、脈腹一致を主張されており証決定での腹診を重視されます。証決定できれば次々に用いる相剋の経絡や奇形も割り出されてくるシステムで、その触診法や経絡を少し動かしての反応の段階から参加者に触ってもらうことができました。ついつい実技中に「これをこうして」と普段の言葉が出てしまいますから突っ込み甲がありましたし、会場には笑いが耐えない盛り上がった実技となりました。
二日目の東洋はり医学会、経絡治療の老舗であり視覚障害者のみで発足した研修会ですからノウハウを多く持っており、相剋調整を脈診を中心に診察して繊細な治療をしていきます。一日目の容赦ないツッコミが来ると緊張して動けなくなりそうなので控えめにという要望でしたから手加減しましたが、逆に演説の時間が長くなっていたんじゃないかなぁ。それから一人の検脈者に丁寧に確認してもらいながらの実技をしたのですが、いちいち感想を求めるのは検脈者にきつそうであり、二人くらいいたほうが無効のためであったように感じました。視力のある人にはアイマスクを付けてもらいベッドの周囲を歩いてもらったり脈やお腹に触ってもらう体験これは反響が非常に大きく、今後の実技セッションには是非とも取り入れていきたい方法だと感じました。
個人的意見も含みますが、座長を担当しての次回に向けての反省です。「うちの研修会の特徴はこうで、こういう強みがあって、視覚障害者の学習にもこのようにして差し支えがない」斗、前説は3つのポイントくらいまでをコンパクトに話すこと。演説にならないように原稿を用意して、代読してもらうほうがいいかもしれません。参加者に多く「触る」事を提供していく実技セッションですから、開始10分以内には参加者に触ってもらえる実技になっていなければ会場の奥で座っているだけの参加者を作ってしまうので、趣旨が完遂できません。当日にならないと人数はわからないので臨機応変に作り変えるのは座長の役目で、突っ込みの程度は加減するとしてもタイムキープのために施術役は必ず進行指示に従うこと。
もう一つ気づいて準備しておくべきことは、担当する研修会には複数のサブ施術者も用意してもらうことが重要です。 私が仕掛けたハプニングですが、一日目の会場へ向かう地下鉄で偶然に鍼灸経絡紘鍼会の全盲の先生と一緒になり、会場へは来られることを確認しておいたので後半の実技で突然に追加の演者へ指命させてもらいました。思い切り緊張され「困ったぞ!!!?」と後からの感想でしたが、今後の研修会にいかせてもらえるのでは?
まだ一度突破口が開いただけなので、大切なことは毎年この形での実技セッションを委員会で受け持たせてもらえるようにすることです。視覚障害者を基準としたプログラムがあることは鍼灸業界全体にとっても大切なことであり、毒舌の福島弘道先生のように「視力など邪魔だ」とまでは言いませんが、実力さえあれば鍼灸施術に視力は必要としないのは事実です。国内へは指先感覚で勝負している鍼灸師の存在をアピールしていくべきですし、世界へは指先感覚だけで医療が行えることを知ってもらうべきことではないでしょうか。
ここまでは視覚障害者支援委員会としての参加報告でしたが、個人的な参加については一般発表とシンポジウムへ登壇しています。
一般発表は瀉法鍼について連続で報告してきたので、今年は二木式奇経鍼による「押し流す処置」です。漢方鍼医会は「ていしん治療」が代名詞でもあり、刺さない治療での全身効果は絶大ですが、刺さないために深い部位への影響がすぐには現れにくい弱点もあります。ていしんの方を工夫することにより、筋の深さを直接押し流せる方法を考案しています。
本治法はていしんの方が有利だと漢方鍼医会全体で移行してきたのですから、標治法もすべてていしんで行えるようにと滋賀漢方鍼医会は迷わず選択してきました。「深い部分は毫鍼の刺鍼が…」とは思ったことがありません。諸先輩が加工のしやすさもあって何パターンものていしんを世に送り出されてきましたから、用途に合わせた新しいていしんを送り出せばいいだけの話なのです。ホームページに原稿は掲載します。
シンポジウム「補法、 瀉法の理論と技術-経絡治療の視点から-」にも、シンポジストの一人として登壇させてもらいました。過去には証の問題や病証ということで何度か継続したシンポジウムがありましたが、補瀉についてはその中で技術論として取り上げられることはあっても、真正面からスポットライトを当てたことはなかったかと思います。各研修会が集まっての学術団体ではありますが、まだその当時では技術交流をやっていこうという雰囲気ではなかったからではないかと推測します。実技をたっぷりとという今大会の意向が、可能にしたものと思いますし、今後もこの実技を語る方向で進めればと願っています。
漢方鍼医会の補瀉法ですが、covid-19で実技がしばらくできなかった影響も加わり、現時点では残念ながら“学術の固定化はしない”という前提が逆方向に働いて、地方組織ごとに考え方にズレが生じています。取りまとめ役のはずの本部も第三弾テキストが古典でのていしんの記述を深く追求する方向に舵を切っています。古典もアップデートしているのだから、現代の用具も考慮するとアップデートした考え方になりませんかねぇ。
しかし、実技供覧と入門講座の二つに本部が実技で出演するのに、滋賀漢方鍼医会公式テキストは脱稿できていますが本部と異なった発言をシンポジウムで行うわけには行きません。そこで今回は本部と滋賀の二つでお互いに月例会を訪問し、すり合わせ作業をして最大公約数の中で発言していくことになりました。最初に確認したことは、「ていしんは古典に形状が記載されているがこれを基準に工夫をしていること」「刺さらない鍼であること」「ていしんの及ぶ範囲は皮毛と血脈であること」、これを踏まえると七十一難は刺鍼することが書かれているものの衛気と営気の補法の手法であり、ていしんは皮毛と血脈の範囲へ及ぼすものと確認したのですから応用することに特に問題はありません。また七十六難で衛気は陽気で営気は陰気だと書かれてあり陽気と陰気の操作が補瀉の要点だともあるので、第二弾テキストの本治法は衛気と営気の操作によるものだとしていたものに限定して発言することにしました。これは依頼を受けた段階で、すぐ構想の中では決定していたことでもありますし、滋賀漢方鍼医会公式テキストの本治法での補瀉は、シンポジウムで発言したものそのものです。
衛気と営気の補法であれば臨床的手法修練法が使えるのであり、まだすり合わせ作業前の4月の構想だけの段階で行った第一弾リハーサルでも実技をビデオに収録すると「見える化」葉で来ているので、実技シンポジウムへの変更と時間延長を実行委員会へ打診しましたが、これは叶わず。舞台上での実技もできないということでしたが、ビデオ上映は可能にしてもらったので、視覚障害者がビデオを持ち込むという奇妙な形にはなるものの観念論ではない補瀉の実力を大ホールの参加者に伝えられたのではないでしょうか。ここもyoutubeのリンクとともに、ホームページにまとめ直して公開していきます。ビデオカメラを買い直して滋賀漢方鍼医会の月例会内で撮影協力をしてもらい、皆様の力なしには発表はできませんでした。それにしてもカメラの解像度もそうですがブルートゥースマイクを使うと、ビデオの品質が一気に向上するなんて…。
そして伝統鍼灸学会へ参加することにより身動きしづらかったことへチャンスをもらえましたから、漢方鍼医会内でもう一度補瀉シンポジウムを地方と本部で行うこと、証決定の再定義も提案しています。自分が所属している研修会が一番だと信じていますし最も大切ですが、自分たちの中だけでは濁っていても気づくことができなかったり壁を打ち破ることができなかったりするのですから、だからこそ伝統鍼灸学会へ参加することが大切だと実行をしてきました。
大ホールの舞台に立って発表することは夢見ていたことでしたが、気持ちよかったですねぇ。案外と舞台上から会場の反応がわかること、総会の時に何度か舞台には上がっていましたが様子が違うことにもちょっと新鮮な驚きが。癖になりそうで、また大ホールの舞台での発表はやってみたいです。
最後に今大会で一番嬉しかったハプニングは、大阪の宮脇優輝先生と懇親会で二時間じっくり話をすることができたこと。経絡治療の世界へはまり込むきっかけになっていただいた先生ですし、我が師匠の丸尾先生に引き合わせてもらえた大恩人でもあります。
当時の東洋はり医学会滋賀支部へはすでに参加はしていたものの、顔を合わせたこともない学生に夏休みの研修を受け入れてもらえたので自分なりに必死に勉強をして、本治法は形だけできるようになっていたのですが「どうして先生ほど本治法ができるのに背部にも手の込んだ表地方をされるのですか?」と、思わず困らせてしまったことがあるくらいの平凡な時代からお付き合いいただいています。そういえば見学期間中にその年の大阪での日本経絡治療学会の委員として準備されていたのに、福島弘道先生が喧嘩をして東洋はり医学会が総退陣という事件が勃発です。「東洋はり医学会という翼をもがれたなら私は墜落するしかないじゃないですか」とすぐ抗議の電話を入れると、福島弘道先生は「なるべく怪我のないように軟着陸してほしい」とあっさり返してきたとか。困っておられましたねぇ。
関西の経絡治療を牽引されてきた宮脇先生は、機関誌だけでなく「医道の日本」へも原稿を出されていた姿を見習って20代から私も原稿を投稿するようになり、文章を作るということはそれだけ自分の学術が固められることだということにも気づいて欠かさず行うようになりました。宮脇先生のような大きなイベントは開催できませんでしたが…。それと夏休みまで顔を合わせられなかったのは鍼灸学校の講師の単位取得をされていたと聞いていますが、鍼灸学校での講師という仕事は未だにできていません。時間がなくても学校での授業はやってみたいのですが…。
北大阪支部に在籍させてもらったのはわずか三年間でしたが、日本語ワープロが普及し始めた頃で奇経治療の表のデータ作成を代行したり、セミナー旅行で出石そばの大食いをしてみたり、特別セミナーでは大声で歌いながら夜の天王寺を歩いたり、決して楽な下積み修行時代ではありませんでしたが楽しい思い出には必ずといっていいほど、宮脇先生の姿が一緒にあったように感じます。
そして初めて明かすエピソードです。夏休みの治療室見学のとき、脈診させてもらうのですが「長くても10秒まで」というルールを自分で決めておきました。見学者ですから治療室の流れを止めてはいけないというのが前提ですし、当時のレベルでは長時間でも短時間でも感じられるものは同じでしょうから、なかなかベッドから離れないようではよほど余裕のあるときにしか脈診させてもらえなくなるので、「ソレナら短時間で沢山脈を触らせてもらったほうがお得」という計算もしていました。手元が見える程度の視力はあったので、自分で証決定したものと宮脇先生が行われる本治法が合致していたなら嬉しかったですし、違っていたなら頭の中で脈図を描き直してどこに問題があるのかを考えていました。脈診の時間があまりに短いので理解しているのかを確かめるため証決定を尋ねられるようになり、わからなければ肺肝相剋と答えておけば無難だったこともありますが、宮脇先生の手元を見てその場で腎脾相剋などへ修正したずるかったことも何例か。滋賀盲から見学お礼に教員が途中訪問してきたときに、「短時間の脈診だけで90%以上の正解率はすごいやつが現れてきた」と高評価をしてもらい、治療室で得られた知識から直後の近畿青年洋上大学で野戦病院のような治療経験を乗り越えていける原動力になりました。そしてこの短時間の脈診という経験は、後の丸尾先生から突然言い渡された「不問診をしてこい!!」を乗り越えていく基盤にもつながるのでした。