『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

第42回日本伝統鍼灸学会へ参加して、「私の常識あなたの非常識」

 今年の第42回日本伝統鍼灸学会は、10月26日と27日の両日、四国の宇多津で開催されました。行われたいくつかの公園の中で話されていたので記憶がハッキリしたのですけど、15年前に会場は違いますけど宇多津で開催された同じくお灸をテーマとした大会で私は発表をしており、「あぁ四国へ戻ってきたのか」という感想でありました。漢方鍼医会発足の年にも四国で大会が開かれているのですけど、この時にはまだ伝統鍼灸学会への参加はしていませんでした。参考:知熱灸施灸点選択とその病理考察

 そして、もう一つの感想は「あの頃ももう既に自力ではお灸ができる視力ではなかったもののパソコンのモニタを見たりはしていたのでまだ目を頼りに歩くことができていたのに、今は光覚から全盲に近い状態になっているのでお灸はさらに縁遠くなったなぁ」というものでした。
 ですから、「にき鍼灸院」の治療スタイルは院長が視覚障害者なので鍼がメインでお灸は必要最小限のもの、言い換えれば基本は鍼でなんでもこなしてしまうのだがより効果的なことが明白ならお灸も少しは使っているというものなので、興味が薄かったのは事実です。それから引っ越し予定も当初はあったことから久しぶりに参加を躊躇していましたが、引っ越しが年明け以降にずれ込んだことと毎年助手も連れて参加をすることで勉強の幅を広げてもらってきていたので、参加をしなかったことで後悔はしたくないという思いから今年も出席してきました。年に一度のリセットのための学会ですからね。
 ということで、今回のエントリーはその後の臨床スタイルへの影響が少ない大会だったこともあり、学会誌のレポートを執筆したものから陰陽をする形でまとめさせてもらいました。

会頭講演 「ボーダーライン症候群の東洋医学治療」
 会頭の真鍋先生は代々続く薬局に産まれ、社会人の第一歩は製薬会社に勤務して販売拡充をする営業の仕事をされていたとのことです。そこでであった精神科医との会話の中から、西洋医学の限界ではないのですけど行き詰まった部分に気付かれ自ら鍼灸師となることを思い立ったとのことです。数年後に薬局へ併設の形で鍼灸院を開業され、出発点である精神科の分野に積極的に取り組んでこられました。
 様々な精神病を、西洋医学を中心に世界共通の分類で、まずは解説して頂きました。意識的に取り組まれていてもいなくても鍼灸院には多くが既に来院されていること、時代とともに変化をしていることも話されました。その中で、今回取り上げられたのがボーダーライン症候群でした。
 wikiペディアの定義から引用されたのでここでも使わせてもらうと、『境界性パーソナリティ障害〈英〉: Borderline personality disorder; BPD)は、境界型パーソナリティ障害とも呼ばれ、〈青年期〉または成人初期から多く生じる、不安定な自己 - 他者のイメージ、感情・思考の制御不全、衝動的な自己破壊行為などを特徴とする障害である。一般では英名からボーダーラインと呼称されることもある。旧来の疾患概念である〈境界例〉と混同されやすい。治療は〈精神療法〉や〈心理療法〉を主とし、薬物療法は補助的に位置づけられ副作用に注意し慎重に用いられる必要がある。症状は30代頃には軽減してくる傾向がある』ということで、幼少期からインスタントラーメンを多食し「鍵っ子」といわれたような一人だけの環境、逆に一人っ子で過度な愛情の注がれ方などが青年期になってゆがみとなって発生してきたものだと説明されました。そのため薬物療法は不向きである、簡単に投与されてしまうと逆に本当に精神疾患となることもあるので鍼灸の活躍の場面が大きいと考えられる等々はなされました。
 印象的だったのはダイエットのためと生野菜ばかり食べるとか「臍出しルック」など、自ら身体を冷やす更衣は精神活動を不活発にさせてしまうこと、その点ではアイスクリームを年中食べているのは糖分の取り杉も精神活動の低下につながるのでダブルパンチですからかなり気を付けて欲しいといわれていたことです。
 確かに大学卒業後とか社会人に成り立ての頃に、色々と原因が身体ではないだろうと思えるのに症状を訴える人たちはいて、数年経過すると夢から覚めたように態度が変わったケースがありました。結婚をしたなど必ずしも全てがボーダーライン症候群ではなかったとは思いますけど、今後気を付けて臨床に取り組みたいと思いました。

会長講演 「今、日本鍼灸に求められること」
 前半では様々な角度から、現在の日本における鍼灸の現状を分析されました。そしてちょうど中間あたりで、健康の定義について触れられました。
 1951年に出されたWHOの健康の定義は、「身体的・社会的・精神的に完全に良好な状態であり、単に病気や虚弱でないということではない」というものであり、大半の人が学校で習ったこの定義の方をまだ覚えていると思われます。ところが、1999年に新たに提案されたものは、「健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない」というもので、霊的と動的という言葉が追加されていることに注目されます。
 霊的=スピリチュアルにまで踏み込んでいるというのは解釈が色々できると思われますが、精神的・社会的よりももっと深い身体と結びついているものがあるという表現で、西洋医学の発想のみではないことが伺えます。そして動的=ダイナミックとは、日々変化する中でバランスを保とうとしている・保たれていればということで、言い換えれば幸福を感じられているかということになるでしょうか?
 鍼灸師が存在をするためには患者がいなければ治療ができないわけですけど、健康というものを考えれば病気を持った・病的状態にある患者だけでなく病気ではないが症状はある有症者が対象になってくればということで、今後のさらなる高齢化社会を見据えて鍼灸の存在位置について話が進みました。
 個人的な感想になりますけど、実は新しい提案がされていることを知りませんでしたから健康観については、フリッチョフ・カプラが著書「ターニング・ポイント」で提唱した定義にやっと追いついてきたのだと、少しうれしくなりました。そして有症者を治療の対象にするということ、これは漢方はり治療を実践している我々は既に当たり前のことでしたね。漢方はり治療を体験した人の多くは、病気というレベルから脱出すると健康という意味を考えられるようになり、メンテナンスということで症状があってもなかっても定期的な通院を続けられています。現代人はかならずといっていいほど「有症者」であり、患者だけでなく有症者への治療という意味でも漢方はり治療は優秀なのだと心の中で胸を張っていました。


シンポジウム  国際部セッション      「ISOで日本の鍼灸はどう変わるか」
 ISOとは広く用いられる国際規格のことで、例えば我が国の工業規格はJISなのですがISOで定義されているものがあるならJISはそれに準拠すべきであり、ISOが新たに定義してきたものについても国際標準なのですから追随して行かねばならないという立場になります。これが鍼灸の分野でも数年前から規格統一ということで話が進められていることの報告であり、質問や意見の時間も設けられました 今年は春に京都で会議が開かれており、実はもっと身近に危機感を持って注目していなければならない問題なのかも知れません。詳細については業界雑誌に色々と掲載されているので割愛しますけど、また個人的になりますが気になった点を列記してみます。
 ・単回使用皮下鍼は円皮鍼や皮内鍼を含めて毫鍼の分野ですが、皮内鍼や円皮鍼が具体的にはどのようなものであるかの定義そのものがないというのは驚いてしまいました。皮内鍼は水平に刺すもので円皮鍼は垂直に刺すものであり、円皮鍼は専ら滅菌済みシートにテープと一緒にくっついているものとばかり私なら連想してしまいますけど、勝手な解釈らしいです。ちなみに単回使用鍼は通電用の毫鍼を刺しているそうです。
 日本では鍼先の形にこだわることが多いのですけど、他国では鍼先の硬さの基準を定めたがっていました。銀や金という材質の毫鍼も他国では流通しておらず、ステンレス鍼に限って鍼先の硬さの基準は定められたそうです。
 各国それぞれの状況と事情があるのであり、「私の常識あなたの非常識」という状況も多くあるようです。特に中国はビジネスと捉えているので教科書を含めて学習課程もISOで規定してしまおうという動きがあるようですが、これはドイツと日本が強烈に反対したことと賛成する国がなかったので見送られたというのは何かほっとしました。
 ・質問の時間があったので、私が手を挙げました。鍼先の硬さを規定するという点が引っかかったので、「オリジナルデザインのていしんを既に使っているのだが刺さない鍼というくくりならデザインを含めて変な規定がないというのはどうだろうか」。接触だけというような表現をしたのですけど、後から考えれば非刺入鍼と誤解のでない表現をした方が良かったと反省しました。理屈から言えば刺さらない鍼なのですから規定のしようがないのですけど、それよりも非刺入鍼で治療効果が出せるというデータや照明の方が大切だとも後から考えました。
 ・業界雑誌で取り上げられていて「なるほど」と思った箇所があったので情報を合成してしまいますけど、もぐさについては、日本の透熱灸用のもぐさは抜群の品質ですが国内の扱いは雑貨であり、医療品の中にすら入っていないそうです。そして、もぐさの製造過程で三年は干しておくというのが中国の主張だったのですけど日本は乾燥機で乾かせばいいという認識だったところ、これは製造法そのものがかなり違っているからで、もし「乾燥機で乾かせばよい」という規定になると「電子レンジでチンしただけで製品としてくる業者がいても不思議ではない」という指摘があったそうです。半年間は感想という規定になったらしいです。まさに「私の常識あなたの非常識」なのですね。

 「私の常識あなたの非常識」というちょっと強引なつながりで最後をまとめてしまいますけど、学問的にはつながりがあっても最後は人の手で行う技術が大きく左右するのが鍼灸の世界です。少なくとも、現状は荘です。漢方鍼医会ほど学と術のバランスが取れた優秀な集団は他にはないと、しかも研修会という形をしていることに惚れ込んで発足当初から在籍し続けているのですが、それでも初めて参加をした伝統鍼灸学会では「私の常識あなたの非常識」に近い衝撃を受けました。自らの価値観のみで判断をしていないか?自ら成長へ敷居を設けていないか?自ら視野を狭めていないか?などなど、一年に一度のリセットのつもりで、来年以降も参加を続けていくつもりです。