ちょうど年末であり「年内一杯でなんとか」と思うのは患者側も術者側も同じことであり、今回は臨床現場報告ながら、予約の取り方についての工夫です。治療の終了宣言についても加筆しておきました。師匠である丸尾頼廉先生の一門で同窓会をしたときに出された質問の答えでもあります。予約の取り方で四苦八苦している方や、これから開業を考えている方の参考になれば幸いです。
『にき鍼灸院』を開業したのは1989年3月6日(月曜日)からで平成元年でしたから既に令和の時代になっており、和暦を一つまたいでいます。視覚障害者でなければテナント入居から始めていたでしょうが、最初から電動ベッドが三台に駐車場も三台分で二階建ての新築というのは冒険過ぎるスタートでした。経済的には既にバブルが弾けていたのですが庶民の給与がようやくバブル景気の恩恵を受けてきたところだったので、財布の緩み方に助けられたスタートだったとも言えます。また保育園ながら公務員の先生同士の話題の広がり方が強く、バブルが弾けた後には安定した公務員の患者さんの存在は大きかったでしょう、やっぱり。
それから現在とかなり異なっているのは、まだ新聞の折り込み広告の効果が非常に大きかった時代だったので、「一発勝負でやらないとだめ」という先輩方の助言にしたがってデザインの料金も追加しての目立つ広告を一度だけ入れたのですが反響は大きかったです。今でもそうですが彦根という地域は新しいものが大好きなので、地域特性を考えて開業の宣伝は行うべきです。ネット広告の時代でありスマートフォンからの利用が圧倒的に大きいので、ロケットスタートを狙うならかなり戦略を練って流していく必要がありそうです。
鍼灸専門での開業は彦根でも既にいくつかあったのですが、晴眼者だけですから視覚障害者がそのような形式というのは出身である滋賀県立盲学校からでさえ最初は反対を受けたくらいですが、こちらは経絡治療という簡単には真似されない武器を持っていましたから「すぐは無理でも数年あれば絶対に成功できる」という強い信念、これが一番大切だったでしょう、やっぱり。
それで継続治療をしてもらえるための予約システムで考えたこと、その後に自然発生的になってきたルールについて簡単ですが書いていきます。
まず電話予約で今でも注意していることは、別の患者さんと遭遇するように時間枠を調整します。一人目は都合のいい時間帯にしてもらうのですが、二人目以降は重ねられれば一番ですがその前後になるように案内をしていきます。個別に丁寧な治療をというコンセプトを否定しませんが、施術が終わって待合室に戻ってきたなら次の患者さんが来院していると「ここの実力はやっぱりあるんだ」という想像をしてくれるのであり、午前中に三人だけだったとしても連続にできれば真ん中の患者さんはますます想像を膨らませてくれるのです。並行して治療ができればさらに効率アップされ、将来の仕事体系への準備になっていきます。この考え方そのものは大先輩がシンポジウム中で披露されていたものなので私のオリジナルではありませんが、初期に勝手に信頼感が高まってくれた方法であり勉強に費やせる時間を作ることもできたので、是非ともお奨めです。
勤務してくれていたパートさんから、その友人が通院していた鍼灸院に駐車場が一台分しかないので仕方ないと思っていたが別の時間帯に通りかかっても駐車しているのを見たことがない、それで若干刺鍼時の痛みもあったことからある程度回復したところで通院しなくなったという話を聞いたことがあります。このように外からも患者さんは見ていることがあるので、なるべく予約は固められた方がいいです。移動手段が自動車という地域なら少なくとも二台分、それ以上は契約した駐車場が用意できるようにしておくべきでしょう。近隣にスーパーマーケットがあるとラッキーです。都会でテナントとして入っている場合でも、駐車場の案内ができるようにしておくべきです。
次回の予約の取り方は、基本的にその患者さんの経済力に影響を与えない範囲が大前提です。料金設定についてはそれぞれの考え方があるので今回触れませんが、パターン化しているので慣れれば難しい計算ではないものの通院までの距離とそれにかかる交通費や仕事を抜けてくるならその異質利益も考慮の対象になります。これを踏まえて治療効果が持続できる最大値、これが私の考え方です。一般的な不定愁訴や慢性の腰痛などは不愉快ではあっても今までもその状態で日常生活をこなしてきたのですから、「すぐには回復できないので最後まで継続治療できることが大切です」という説明で一週間に一度ずつというのがオーソドックスなところでしょう。曜日も時間も概ね固定されれば患者さん側もルーチンワークとなり、治癒しても定期メンテナンスということで定着してくれる可能性が高くなります。
実際に鍼灸院では定期メンテナンスという方々の存在は非常に大きく、二週間後や一ヶ月後にまず中心点ができてしまうので、楽に予約表が構築できていきます。それから安定した数が約束されるので、経営的にも非常に大きな存在になってくれます。何より日々の健康を保持するという地域医療の理想形です。
次に突然発生してきた強い症状についてですが、これも治療効果が持続できる最大値が私の考え方です。膝関節痛や腰痛が突然発生してきたとしても、仕事を終えてから来院できる程度なら仕事を妨げない次の時間帯ということになります。仕事や家事を中断してまでも来院しなければならない程度なら、まずは明日の仕事や家事ができるのかを基準に考えます。
ぎっくり腰が一度で治癒できた手応えなら予約は取らない、そういう患者さんは勝手に周囲で経験を広めてくれますからこれも大きな戦略だと思います。でも「あそこなら一発で治してくれるから」という言葉に来院されても一度で治癒できるケースの方が少ないので「あの時はラッキーなケースだったので」としっかり説明してから治療へ入らねばならないでしょう。
痛みがあまりにひどすぎる時には、「今は背に腹は変えられないから」ということで数日は連続での治療にせざるを得ません。ところが今までの経験だと、一週間毎日連続だと患者側だけでなく術者側も精神的に参ってしまいます。自発痛がまだ続いていたとしても、ピークが越えられたならどこかで一日隙間を作ると精神は疲弊しなくなるでしょう。
料金については触れないと先程書きましたが、「ここまでひどいと経済的負担が可哀想だから」と期間限定フリーパスのような感じで値引きをされているケースを見かけますが、この意見には反対です。これもシンポジウムの中で話されていたことですが、困っているなら料金不要という張り紙から無料で受診する人がいてその人達は一向に回復しない。臨床は毎回が真剣勝負なので患者側も治療側も常に緊張が必要であり、料金は取ってあげねばならないのだと大先輩は話しておられました。私もある時期まで同業者ということで勉強の材料になればと鍼灸師からは料金をもらわなかったのですが、やはり治療効果が落ちていたので料金を普通にもらうことにしました。無料で施術しても効果が落ちないのは、親子と兄弟まででしょう、「これで治らなかったなら大変だ」と緊張しているからです。
難しいのが症状がそれなりに重たく愁訴も多岐に渡っているというケースで、既にいくつかの病院を経由しているでしょうから取りやすい症状に絞って最初は週に何度か通院してもらい、そこそこ改善した段階で週に一度ずつのペースへ落とし込んでいくというのが妥当なところです。ただ、患者側と術者側の病状に認識のズレが生じていることがあり、話が噛み合わない時には説明文を作成して納得してもらうなどの工夫も必要です。
骨折やホルモンアンバランスの症状は直後効果が大きくても回復には一定の時間が絶対に掛かってしまうので、敢えて最初から治療間隔を開くようにしています。ペースが出てくるまではもっと回数を増やしたいのにと嬉しい文句を効くことがありますが、病理考察から治癒見込みを術者側でしっかり見通せるならそちらを優先すべきです。治癒した時の信頼感は跳ね上がり、家族はもちろん周囲を強引にでも連れてくる愛好者になってくれます。
ここからは、ちょっと困ってしまう予約をあまり取りたくないケースについて書きます。愛好者になってくれたならほとんどは予約の指示をしたがってくれるのですが、大好きになりすぎて毎週は通わなくてもいいというのに通院したがる人が中にはいます。恋愛感情さえ抱いてきたケースもあり、治療効果の最大値が遥かに一週間を越えているなら「他の患者さんの予約が取れないから」という理由づけをして二週間に一度くらいに延ばしてもらうのが得策です。最初の状態があまりにひどく恐怖心が抜けないというケースでは数年間は二週間に一度ずつでも構わないかも知れませんが、適当な距離感のためには一ヶ月に一度ずつが定期メンテナンスとしては一般的だと説明するしかないでしょうか。単純に経済面からではありがたいのですが、臨床が停滞してしまいます。
最も困るのがドクターショッピングで、あちこちをはしごしているケースです。最初はドクターショッピングだとわかりませんからいい治療法に出会わなかったのだから回復させてあげたいと思うのですが、一発で劇的効果が得られなかったなら予約を変更したり勝手に来院しなかったりを繰り替えすのであり、「これはドクターショッピングをしているな」と見切れたなら次の予約を取らないのが最善策です。しかも、他の病院や治療法の悪口を喋るケースはどこで何を喋ってくれるか分かったものではないので、「ここの治療でやっと救われた」という前置きがないなら悪口のみだと判断して予約を取らないのが得策でしょう。
そして私が最も心がけている予約での信念は、治癒したなら卒業をしてもらうことです。西洋医学では検査データがなければ「もう治療は不要になりました」と言い切るのは至難の業であり、データがあってもなかなか経過観察を続けて宣言を出してくれないのが常ですから、鍼灸専門の強みをここで発揮させるのです。私が学生時代に初めて宮脇和人先生の鍼灸院を見学させてもらった時に、治癒宣言を出されている姿には本当に驚き感動をしました。盲学校の外来実習で担当の患者さんを任せられていたのですが、料金の安さから数年越しに通われていたのが本音だったでしょうから症状が回復しなくても別に構わないという態度をされていたので、治癒宣言の出せる治療家が第一の目標になりました。
それから高校生の時に原因不明の強烈な眼球痛で大学病院の検査入院までしたのに、回復の糸口もなく退院することになった時、担当の研修医に「それでどこまでは分かったの??」と詰問をしたなら「何も分かりませんでした、ごめんなさい」と、正直に謝罪されました。どこにでもいる高校一年生にです。分からないことを分からないとはっきり告白して謝罪もできるというのはすごいお医者さんだ、この頃は鍼灸専門など全く想像もしていなかったのですが「もし将来医療に携わるならこんなお医者さんの姿をしたい」と強く思いました。ですから「これで治癒です」「ごめんなさい分かりません」の二つを話すようにしています。
治癒の出し方についてはケースバイケースなので書ききれないのですが、概ねは脈状で予言できています。うまく表現できませんが胃の気の増え方で残り何回かを逆計算するのですが、寸関尺が一つにまとまって触れられるようになっていなければ胃の気が充実していても一時的なものであり、治癒にはしません。寸関尺がまとまろうとしていたならその勢いと症状の状態に直感を加えて逆計算しているというところでしょうか。最初は度胸がものすごく必要でしたが、思い切って宣言を出してジャストで治癒してくれたならあくる週に電話がかかってくるので「まずいことをしたかな!?」と言葉を待っていると、あまりに見事だったので継続してもっと治療を受けたいというお願いでした。その後は経験を積むことで、アクシデントがなければまず外さずに宣言通りに卒業してもらえています。脈診がない鍼灸術というのは、私には考えられません。
最後に開業した年の苦い思い出と、そこから時間の工夫をさらにするようになった話を。絶対に鍼灸専門で成功したいという信念から、修業時代は仕方なかったのですが開業をしても勉強優先ということで、学生時代はずっと続けていたスポーツとは縁を切ったつもりでした。一年目ですから予約数のアップダウンにまだ一喜一憂している頃、12月は用事が立て込むので予約は減少するだろうと思っていたのに反して「年内で何とかして欲しい」という依頼が、殺到という感じで予約表が毎日隙間なく埋まっていきました。年末までの残り日数を計算すると、時間をお金で買ってもらうということになるからです。これは毎年同じことになるのですが。
しかし、残り日数のプレッシャーだけでなく嬉しいはずなのにスポーツをしていないので体力が学生時代よりはるかに落ちていて仕事量からの疲労で背部痛が発生してきてしまいます。世間は忘年会真っ盛りなので、楽しみがあってもいいだろうと少しお金は自由に使えるので近所の居酒屋で飲んでいるとプレッシャーは忘れられるのですが、酔いから覚めるとプレッシャーはブーメランのように戻ってくるのであり一時逃避をしているに過ぎないと気付きました。「中間管理職のサラリーマンの気持ちが分かるよなぁ」ということで、その年末は痛みを我慢しきるしかなかったのですが次はこんなことを経験したくないということで、年明けから泳いで体力づくりを再開することを決心したのです。
開業時は最終の予約を19時にしておいたのですが、どうも気持ちが緩くなる雰囲気で「夕食を食べていたなら遅くなった」とか「残業の見込みが違っていた」とか遅刻の確率が急に高くなっていた枠をカットしたなら、逆に遠方であっても18時30分の枠に間に合うように滑り込んでもらえるようになって遅刻がほとんどなくなりました。「臨床は生き物」であり、患者側と治療者側の毎回の勝負なのだと思い知った変更でした。そして今でもスイミングとランニングを続けているので体力も万全です。