『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

やさしく分かる「ていしん治療」、講習会を終えて

 2013年6月16日に、東京都はりきゅうあん摩マッサージ指圧師会(略して都師会)より昨年に続いて東京都の委託事業として伝統の技を伝えるということで、主に鍼灸学校の学生と若い鍼灸師を対象とする講習会へ出演させてもらいました。
 本来なら授業で臨床家を招くなどして卒業後の進路や修行についてを鍼灸学校そのものが提示すべきなのですけど、国家試験突破が在学の目的そのものになってしまっているので業者の連絡組織が人材を埋もれさせないために委託を受けて行っている講習会です。業界そのものも学会開催だけでなく、技術を「手から手へ伝える」ことにもっと積極的になって欲しいのですが・・・。

 それで昨年は50名程度の会場に瞬間最大120名が詰めかけてくれたという嬉しい悲鳴があり、奥さんをアシスタントとして連れて行ってはいたものの、実技の順番が回って来るにはとても間に合わない状況でした。一回のみの講習会ですから最初から手法の細かな手ほどきをするつもりはなかったものの、「ていしん」の治療により解剖学的変化が可視化できたので大きなどよめきがあり、漢方鍼医会へその後に入会する人が何人もでてくれたことは幸いでした。見せ物的なことはなるべくしたくなかったのですけど、あの大混雑なら、合格の出来だったかな?
 それで昨年の反省から、一人一人へ手技の指南をすることはやはりできないのですけど脉診の基礎なら伝えられるはずですし、できる限り待ち時間を減らして複数回は手を取っての指導ができるようにと東京方面在住の会員からアシスタントを募集しました。それもベテランではなく若い指導員でもなく、入会から数年の「やる気」のあるこれから自分たちも指導者としても頑張っていこうとする意欲のある人を募集しました。具体的には漢方鍼医会へ依頼があった講師派遣ではないので、メーリングリスト上でそのような講習会があることを告知しアシスタントを募るというメールを一度出しただけです。
 これだけで五名の応募があり、後から聞くと日程のことなどすぐには分からなかったので応募しそびれた人が何人もいたということです。交通費も出しません死者例も出しませんし、月例会の昼休みには特訓の実技をやるという条件なのにすぐ予定以上に集まってくれました。反省会ということで夕食は一緒にしましょうという、報酬といえばそれだけだったんですけどね。特訓の実技については、機会があれば報告したいと思います。

 さて当日なのですが、なんとその二日前に私が骨折をしていなかったのが奇跡的という大ケガをしてしまいました(この大ケガについては別に報告をします)。しかも、朝早くから地域一斉清掃で溝掃除にでなければならないということで、時間ギリギリに東京駅へ滑り込んでくるという危なっかしい日程でした。さらに、これまた奇跡的な回復ペースで実技には問題なかったものの、階段を片足ずつしか進めないという足元でした(偶然にも全てエスカレーターかエレベーターは、本当にラッキーでした)。
 そんな状況ですから、回復はしていたといいながらもやはり本調子ではなかったようで、まずはレジメにしたがって抗議をするのですけど一本調子になってしまい笑いが取れなかったのが悔しい!関西は「笑わせてなんぼ」の世界ですから、昨年は五分に一度は大爆笑だったのに、今年最大の反省点でした。次のチャンスがあったなら、三分に一度は笑わせてやるぞ!
 続いて今年の会場は広いですからそのまま実技に入ったのですけど、脉診の基礎で指の当て方を浮の位置になる三菽の指の当て方を最初に概略として説明し、ここの実技はアシスタント中心に行いました。昨年に大幅なロスタイムとなった箇所であり、「ていしん治療をメインに」というリクエストだったのでできる限りリップサービスを含めてそのようにしたのですけど、基本は経絡の調整であり「ていしん」が最も適した道具に過ぎないという位置づけであり、「ていしん治療」をするなら脉診は外せない部分なのでこだわりました。アシスタントは懇切丁寧に、よく頑張ってくれました。
 次には脉状が本当に変わるということを体験してもらいました。腰痛のある人をモデルとしてベッドに上げて、仰臥位で膝を伸ばした状態だと大抵痛みや重苦しさを感じていますから、まずはその脉状を観察しておいてもらいます。そして膝を立てることで痛みが緩和したなら、脉状が遅数を含めて大きく変化をします。その柔らかくなった脉状が「胃の気のある脉状」であること、事実優先で己の頭の中野理論に当てはめないようにしなさいということを伝えました。ここでも膝を立てるだけでは変化がなく下肢を左右どちらかへ倒すことにより変化がやっとでてきたり、膝の痛みの発生が本人でもよく分からないというモデルなど、反省点ばかりです。

 少し休憩を挟んで、後半の実技では昨年は不可能だった衛気の手法・営気の手法を全ての参加者に体験してもらいました。二つのベッドを使い交互に施術していき、自分の脉を確認してもらいながら腹部の変化や肩上部の緩み方など具体的にすぐ現れますから、驚いている人が多くありました。まずは「本当に変化するんだ」という反応ですけど、一本のお腹へした施術が全身へ影響していることは、ディスポの毫鍼を使った学校の実技では想像できなかった領域だろうと思います。私が学生だった時も、授業では聞いていても五行穴への施術が全身へ大きく影響するというのが頭だけの理解であり、実際を体験してみてそれも一時的な影響ではなく深く長時間の影響だったことに、ビックリを通り越して感動していたことをハッキリと今でも覚えています。
 この時間もあらかじめ体験したりアンコールで詳細に体験するということでアシスタントが頑張ってくれていたのですが、トラブル発生です。数分も経過しない間に「具合の悪くなった人がいます」という報告は受けていたのですけど、とりあえず流れを止めないようにと一巡するまで待たせておきました。このころになると実技で身体を動かしていたので、やっと本調子でありマイクパフォーマンスもできるようになっていました。

 腹部での施術を全員が受けたので、「では具合の悪くなった人の調整をしましょうか」ということになったのですけど、簡易ベッドの上で受講生がもがき苦しんでいます。顔色は真っ青で、本当にもがき苦しんでいます。モデル治療は最後にする予定だったのですけど、この状況ではそうもできないのでこの人をモデル患者にすることにして治療の実際を見てもらうことにしました。
 入学してから学生同士の実技を繰り返していたなら体質が変化してしまい、敏感を通り越して過敏であり、しかも異常感覚が鍼を受けていなくても発生するようになってしまったというのです。「うまく表現できないのですが太淵のあたりに腐った柿がくっついているような」とは本人の言葉なのですけど、何ともすごい異常感覚が発生しているものです。これが時間経過とともに場所が移動し、また全身へ広がったり集約されたりを繰り返すといいますし、診察をしている段階で異常感覚が変化したと叫び出したりします。異常感覚をどのように捉えるかですが、気血津液のどれもがうまく巡らなくなってしまったということで脾の運化作用が阻害されており、しかもお血が悪循環に拍車を掛けていると推察して軽擦と取穴をすると、脾虚肝実証で治療できそうなのでていしんでやってみます。ある程度の異常感覚でもがく状態から回復できたので、ここで経絡が一巡するまでの約半時間をそのまま休んでもらうことにしました。
 さぁ該当する経絡を軽擦することで解剖学的な変化まで出せることの実技をやろうと思ったなら、もう一人具合が悪くなっていました。かなり体格がいい方だったのですが、これが息苦しくてと荒い呼吸になっています。落ちきらない数脈になっていましたから奔豚気を誘発したのだと病理的にはすぐ理解できたのですけど、ストッキングが脱げないというので実際の経穴がさわれません。衣服を着ていてもていしんならそれなりに治療できますから構わずに復溜へ衛気の手法を施すと、逆にもっと呼吸がしづらいといいます。これは病理的に他のことが思いつかないので、内心焦りました。けれど陽気が吹き飛んでしまった時には治療側が反対へひっくり返ることが多いという経験から、左の復溜へ施術すると落ち着いてきます。脉が完全に落ち着いたので、このモデルは自信満々で休んでもらうことにしました。

 
 あまりにモデル治療が衝撃的だったので、他の人がモデルになって経絡の調整をするだけで解剖学的な変化まで及ぼせるという実技は、昨年の足の長さが瞬間的に整うというような例はでなかったものの内臓下垂のいいモデルがありました。これはビデオ撮影もしていましたが、内臓疾患にも鍼灸治療は著効があるという証明になったでしょう。
 それで一例目に戻ってくると、手の異常感覚は消失していたものの首に同じような異常感覚があり頭痛も併発しているといいます。ここは脉状が安定していたので途中経過だと説明して、標治法へと写りました。特に何かを狙うことなく、むしろドーゼ過多にならないように少なくしての標治法です。これで頭痛も取れて首に残るだけとなったのですが、鼠径部に古い輪ゴムがゴミになったような「なんじゃこれ」というような反応があり、これを処置することにより全身の気の巡りが改善すると今後の自己治療のアドバイスも含めながら施術していると、「その鍼はここへ響いた」「今度の鍼はこっちからそっちへ流れてきた」と、本人が実況中継をしてくれます。顔色も回復し、すぐ起きあがることができたので会場は拍手に包まれました。後日に報告をもらったのですけど、めんげん反応がでることなく翌日も元気だったそうです。
二例目ですけど、ベッドへ戻ってきた時には爆睡状態です。息苦しさはとっくに消失しており、症状は何もないといいます。それならローラー鍼や円鍼がどれくらい効果のあるものかを見てもらおうと、余裕のある標治法になりました。

 まるでサクラを仕込んでおいたかのような実技になりましたけど、私も荘ですが悪い反応を出させてしまったアシスタントは本当に焦っていたことでしょう。でもでも、私の経絡治療を臨床投入した第一号は胃けいれんが発生してしまい、教員に刺激治療でなんとか納めてもらったという苦い経験から始まっています。「こんな恐ろしい反応がでる方法は・・・」と尻込みするのが普通でしょうが、「こんな反応が起こせる治療法なのだから使いこなせるようになったならすごいぞ」と、この時に一生の仕事が決まったことを話しました。何も隠さない事実であり、苦い経験には間違いないのですけど反応を起こさせてしまったアシスタントには本当にいい経験になったと思いますよ。また参加者にも、事実を見たということは何よりの経験になったでしょう。

 細かなところでは、反省点がまだいくつもあります。脉診の指がうまく動かせなかったのを指導しきれなかったり、脉状変化を思い通りに再現できなかったとか、大ケガのせいにはしたくないですが身体を壊していたことを悔やんでいます。けれど本当の治療室と変わらない治療を見てもらえて、将来の役に立てば幸いです。

 それから今回は少しだけでも参加者と話す機会があったのですけど、ディスポの毫鍼の性能がよくなりすぎて、国家試験対策だけで実技をしていない学生でもスポスポ入ってしまいますから、そのために体質変化を起こしている学生が多いということです。もちろん前述のように、異常感覚を持つ体質へと。これが治療室で己の拙劣さを認識しないままにスポスポと毫鍼を刺しまくったなら、異常体質へと患者さんを変化させてしまい鍼灸の信頼性を低下させてしまうでしょう。また学生にも実技に耐えられずドロップアウトしてしまう人がでてしまいます。そういう人に限って、学術も素質も優秀だったりするのですから、人材確保という面でも大きな問題ですね。
 あっこれは失礼なことなのですが、参加者の年齢層が高かったことは、ちょっと残念。高校生から現役で入学してきている人たちの参加を待っていたのですけど。人生の夢を実現に向けて頑張るには取り組み始める年齢など不問ですが、実際に下積み修行をするとなると若い人材でないと小回りが利きません。下積み修行の経験は人生そのものの経験になりますから、未だに私が色々と思い出すことの半分は助手時代の修業をしたことですからね。若い学生ほど選択肢の多さに目を奪われて、危機感がないのは仕方ないところなのでしょうが・・・。
 またオランダからの見学者のレポートも一部引用をさせてもらい、世界の中で日本の鍼灸が締める役割についても話をしたのですけど、これは現役の鍼灸師に一番聞いて欲しい話題ですね。

 なお、講義内容については昨年のレジメへ加筆する形で《漢方はり治療》の実際としてホームページへ掲載しているものを参照してください。変更点としてはオランダからの見学者のレポートを一部引用したことと、もう少し贅肉を殺いだ形に文章を整形しただけで、ほとんど変わっていません。