『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

医事寸言(後半)、漢方鍼医会アプリを発明したい

この文章は2012年02月12日に行われた、漢方鍼医会本部における月例会での朝の挨拶「医事寸言」を録音から原稿化し加筆したものです。今回は後半です。

本部理事  二木 清文


 このようにしてiPodを活用しているのですが、このiPodを作っているアップルのスティーブ・ジョブズという人が昨年に亡くなられました。これは一般ニュースでも数多く流されましたからご存じの人が多いと思います。正午のNHKラジオニュースでも二番目くらいに取り上げられましたから、世界的に影響力のあった人だということが分かりますよね。アップル製品を使っている人は熱狂的なファンとなる人が多いのですけど、末期癌であることは知られていましたからその日が来ることも覚悟していたのですけど、まさかiPhone4S発表会の翌日とは、最期までドラマチック過ぎます。
 そのスティーブ・ジョブズの自伝である、題名も『スティーブ・ジョブズ』という本が昨年後半に発売されて、これも話題になりましたからご存じの人が多いと思います。視覚障害者が話題のベストセラーを読もうとしても音訳か点訳を待たねばならないので通常は早くても半年程度待たねばならないのですけど、今回はテキストデイジーという形式で一ヶ月後にリリースされましたから、早速に読ませてもらいました。

 時間がなくなってしまったので、そのスティーブ・ジョブずさん本人の人生については内容を割愛しますけど、まず彼自身はエンジニアではなかったのです。確かにエレクトロニクスが好きで色々な工作もしていた少年時代がありましたけど、技術者としての才能はごく普通の人でした。では、エンジニアでなければ何をしていたかといえば、プロデューサーだったのです。要するにアイデアを出してきて、具体的な製品になるまでをコントロールされた方なのです。それからカリスマ性が凄く、発表会での話や仕草を目の当たりにするとその製品がすぐ欲しくてたまらないという衝動に完全に包まれたといいます。
 それでスティーブ・ジョブズの日常ですが、お世辞にも温厚な方ではなかったらしいです。ちょっと人のアイデアを見ただけなのに、「そんなものはくそだ!」と滅茶苦茶な物言いです。お天気屋であり、人をののしり始めたら暴言は止まりません。でも、その頑固すぎる姿勢でギリギリまでギリギリまで追求することにより、機能面だけでなくデザインにまでこだわった世界的評価の高いアップルの製品が近年次々と送り出されてきました。会社の最高責任者がハードウェアの性能だけでなく、特にデザインへのこだわりは異常なほど強くて一つの製品を仕上げるまで細かな箇所まで、それこそパッケージのやり方まで口を出して仕上げていたといいます。しかも、ラインアップを一新した時は毎回驚くべき新しいアイデアが盛り込まれていました。そのほとんどがスティーブ・ジョブズ本人かスタッフと一緒に練り上げたアイデアだったといいます。だから、このような人物は今後なかなか現れないだろうといわれているのです。

 スティーブ・ジョブズスティーブ・ウォズニアックという二人の創業者によってアップルは設立され、ジョブズの家のガレージで最初の製品が作られていたことは有名な話です。会社が大きくなったのは、アップル?という世界初のパーソナルコンピュータを世に送り出したことによります。どうしてこんなにシンプルな部品しか使わず小さなプログラムなのに、こんなにも見栄えのする美しいグラフィックが簡単にテレビ画面へ映し出すことができるのか感嘆の声が挙がり、また現代もオフィスで一番活用されている表計算ソフトが発売されたことにより世界的なヒット商品となりました。カタカナのみでしたけど日本語対応のものも発売されるようになり、日本ではNECのPC8001でパーソナルコンピュータが家庭に入るようになってきたのですけどアップル?は別格として扱われる節がありましたね。少なくともアマチュア無線に夢中でパソコンに憧れて雑誌を読み始めていた私にとっては、別格の製品でした。
 アップル?のケースデザインやマーケティングなどあらゆる面をプロデュースして世に送り出したのはジョブズだったのですけど、本体は設計からプログラミングまでウォズニアック一人の力でほとんどが行われていました。そのため会社が軌道に乗ってきてもアップル?はウォズニアックの作品であってジョブズが作ったものではないといわれたことが悔しく、マーケティング以外の仕事を求めるのですがストレスは高まる一方です。
 改良版や周辺機器は追加発売していても、いつまでもアップル?だけで会社が潤い続けることはないので、次の製品開発をということでスティーブ・ジョブズは指揮官になります。株式公開が予想される中でゼロックスがアップルとの取引を持ちかけてきた時、会社から遠くない場所に研究所があったので見返りに見学を要求します。ここで見たものがマウスであり、アイコンでした。研究所内部では実はモックアップ状態でコンピュータの制御をするほどにマウスもアイコンも活用が考えられていなかったのですけど、この二つを組み合わせればパーソナルコンピュータに革命が起こせるとアイデアの沸いたスティーブ・ジョブズは興奮し、様々なトラブルを引き起こしながらもアップル?とは全く違うマッキントッシュというパーソナルコンピュータを送り出します。
 今はウィンドウズを使っている人の方が圧倒的に多いと思いますけど、マウスでアイコンを操作するというグラフィカルインターフェイスは、明らかにマッキントッシュの操作方法からのものです。他にもマウスでウィンドウ位置を移動させたり、開いているウィンドウとウィンドウの間でアイコンを移動させるとか、アイコンにアイコンを重ねるとその中へ入ってしまうなどはマッキントッシュが確立した操作方法です。細かなことですがウィンドウの角は微妙に丸みを帯びているのですけど、これを表示させるにはマシンパワーが必要なのですが敢えてこだわったのはスティーブ・ジョブズでした。もし開発段階でこだわっていなければ今でも真四角で見にくいウィンドウしか存在しておらず、文字フォントもかつての日本語ワープロ専用機のようなギザギザのままだったかも知れません。
 そんなに素晴らしい革命的なパーソナルコンピュータを作り上げたのですけど、初期モデルはあまり売れませんでした。製品が凝りすぎていて値段が高く、おまけにソフトウェアの要求に対してチップ性能が追いつかずに動作が遅かったからです。この責任を追及され、スティーブ・ジョブズはアップルを退社することになってしまいます。

 アップルの退社理由は大学向けのワークステーションを作るNeXTという新しい会社を設立するためでしたが、この製品がまた凝りすぎたものになっていて売れません。開発期間中にピクサーというアニメーションスタジオを買収するのですが、この会社もなかなか泣かず飛ばずで苦戦が続きます。
 ところが、経営難で売却を何度も画策していたピクサーが「トイ・ストーリー」という映画で大ヒットを飛ばし、これでアップル時代の株で資産家だったのにその後の会社の運営資金で底を突きそうになっていたものが、ピクサーのもたらした利益により一気に回復します。
 またNeXTは会社としては既にダメ状態だったのですけど、スティーブ・ジョブズが退社してからのアップルは市場占有率は落ちてもマッキントッシュにより音楽や特に印刷向けで独占的な一定の利益があったものの、パーソナルコンピュータを中核とする市場が広がれば広がるほど段々と衰退していました。新しい技術を開発するには時間がないのでどこかの会社を買収してその技術を導入しようと考えた時、NeXTの技術に白羽の矢が立ちました。NeXTが買収されるという形で、スティーブ・ジョブズはアップルへ復帰することとなりました。10数年間のブランクは苦労の時代でしたが、この苦労が経営者としての基礎体力になりました。
 そしてスティーブ・ジョブズが復帰して一年半後、iMacの発売によりアップルは息を吹き返します。「仕事ができればいいだろう」のように真四角しか存在しなかったパーソナルコンピュータが三角錐となり、しかも後面は内部が透けて見えるという斬新なデザインを採用し、透けて見える部分が鮮やかなブルーだったのでおしゃれなリビングへもパーソナルコンピュータが入ってきました。当時まだ盛んに使われていたフロッピードライブを外し、入出力にはインターネット接続のためのモデム端子とLAN端子以外は全てUSBのみというのは業界を驚かせました。USB企画は評価はされても採用が進んでおらず、もしiMacで採用されていなかったなら今の接続機器の便利さはなかったかも知れません。
 そして貝殻の形をしたノートパソコンiBookは町中を持ち歩くファッションとなり、デザインにこだわるあまりにいくつか市場に乗り遅れたり失敗作もありましたけど、先ほどのiPodからiPhone、そしてiPadと魔法のような製品を次々と送りだしてきています。

 一貫してスティーブ・ジョブズが語っていたことは、ソフトウェアとハードウェアとコンテンツを全てまとめて  提供しないと、本当にクリエイティブなものは創造できない。ソニーはハードウェアもエレクトロニクスもレコード会社まで持っていたのに、iPodが作れなかったのです。これは部門ごとに独立採算性が導入されていたので、そのために自分たちのことばかりをまず守るようになっていたからです。スティーブ・ジョブズが考えていたことはend to endで統合をすることであり、その発想があったからこそ部門ごとの壁を打ち破っての製品が開発されたのです。
 そして、そのうちにiPodのようなミュージックプレーヤーは携帯電話の中へ他社からも組み込まれてくるようになるだろうからとの予測から、いち早くiPhoneを開発してきました。その時になのですが、iPhoneを作ればiPodは売れなくなってしまうと守りの考えではいけない、内部で食い合いになることを避けようとするのではなく総合的に大きくなればいいという視点での行動だったようです。

 余談になりますが、スティーブ・ジョブズが不在の時代にタッチペンで操作をする今のタブレットに近い製品をアップルは発売していました。しかし「指という素晴らしいアイテムがあるのにわざわざペンを使うとは」とスティーブ・ジョブズはプロジェクトを中止させ、iTunesミュージックストアでネット経由の音楽購入という新しいビジネスを展開し始めた頃に既に今のiPadの開発を始めていました。けれど携帯電話を急がねばということで開発スケジュールとスタッフを変更し、iPhoneIOSが産まれました。アプリを追加して自分好みの端末とするのがスマートフォンの使い方の基本といえるでしょうが、もう忘れ去られていますけど初期のiPhoneにはその機能がありませんでした。end to endでコントロールできているからアプリのインストールを認めようという「守り」をしない決断力が今の製品につながっているみたいです。いや、文化につながっていますね。
 もう一つ余談になりますけど、タブレットは画面をタッチするデバイスなので視覚障害者には無縁のものかといえば、既に大いに活用させてもらっています。胸ポケットに充分入る大きさのiPod touchもここにあるのですが、特別なソフトを追加していないのにスクリーンリーダーモードでも動作するのです。アメリカの法律で全ての人がコンピュータへアクセスすることを保証するように義務づけられたなら、即ち視覚障害者ならスクリーンリーダーが必要ならメーカーはあらかじめアクセシビリティ関連も用意した形で出荷をせねばならないことになりました。ウィンドウズは市場占有率が高いので障害者の利用も多いことから様々なソフトで恩恵を受けているのですけど、それは自分たちで追加購入したソフトです。Windows8からはようやく使えるレベルのものが用意されるとの噂ですが、現状ではマイクロソフトが用意しているものはお粗末なものです。これに対してアップルはいち早くマッキントッシュアクセシビリティを実装し、次第に進化して多言語対応としている一方でタブレットへもその考えを引き継いでいてくれるのです。end to endだからこその素早い対応であり、製品を私がクリエイティブに感じる一面なのでもあります。ハードとソフトを一緒に作っているからこその対応といえるでしょうね。便利なだけでなく使っていて楽しいのです。

 話を戻しまして、、これは最初にアップルを設立した時にマイク・マークラーという人から教えられたことになりますが、会社とは儲けのために作るものではなく製品を世に送り出すために、クリエイティブなためにでなければならない、ということを実践しました。スティーブ・ジョブズは若い頃から大資産家になりましたけど、収入面は一歳気にせず日常の家庭は施錠もしないごく普通の家に住み続けていました。そして一度追放されて苦労の時代があってアップルへ戻ってきてからは、自分たちが製品を作る時に考えていることはその先があってのことなのだけれど、製品を届けるだけでは先の部分というのが分からないので「このようにして使うのだ」というスタイルまで示さないと本当のことは理解してもらえない、と追加するようになりました。
 そこまでしないと、end to endで全てをコントロールしないとクリエイティブにはならないというのです。

 ここから話をまとめに入らせてもらいます。今の漢方鍼医会や鍼灸業界をパソコンの世界に待避させてみます。かなり強引な展開ですけど、おもしろい相似性があります。
 ウィンドウズというのはオープンコンピュータを目指したものですから、どこの会社のハードウェアにも入るようになっていて、医療の世界でいえばどこの病院へ行っても機器で検査をされて同じ結果が出てくる西洋医学と立ち位置が同じでしょう。どこへ行っても同じ結果が得られるということは必要ですし、制度的にも出産や死亡診断書を書いてもらうとか縫合など外科的な処置は一般社会の中で絶対的に必要なことですから西洋医学を外すことはできません。ですから、ウィンドウズというものはコンピュータを日常業務に取り入れるということで凄い仕事をしたといえますし、今後も外してしまうことはできない製品だとも思います。ただし、システムが肥満になってフットワークが重くなり維持費が雪だるま式に膨れてきているのも、西洋医学とウィンドウズはよく似ていますね。
 ところが、今は冒頭の通信障害のことを話したようにスマートフォンを使うようになりました。圧倒的に操作をしている時間が長い端末は、タブレットスマートフォンになってきています。これは端末がクリエイティブであり、使うこと自体が楽しいとユーザーが感じているからです。マッキントッシュがでてきた時はまだ仕事のための道具が求められていたので数で優位なウィンドウズに流れたのですけど、今は道具が揃っているので「より使いやすいものを」「使っていて楽しいものを」が求められるようになったわけです。
 それではパソコンやスマートフォン技術から漢方鍼医会の未来を開くための提案です。ソフトウェアについては新しいテキストと「取穴書」が完成しました。ハードウェアに関しては衛気・営気の手法から体表観察そして脉診と多彩に持っています。そこへ、これからは患者さんへ「こんなことができますよ」「こんな風にして健康を作っていきましょう」と、そんな要素を継ぎ足していくべきではないかと思っています。単純に「鍼はあれもこれも効果があります」と宣伝チラシをばらまくような形ではなく、漢方鍼医会の会員が知っている真の実力を押し出して行かねばならないということです。
 今は胃腸炎が流行っていますけど、たまたま肩こりで来院された患者さんが「この間は胃腸炎で苦しくてまだお腹の調子が」という話をされたなら、「胃腸炎くらい鍼ですぐ回復しますよ」「あーぁ、鍼はそんなものにも効果があったの」というレベルの会話を臨床室でしていますよね。そして、その患者さんは胃腸炎が確かにすぐ回復したということで内臓疾患への鍼灸治療というものを認識されるのですけど、それは一人の患者さんに対する誤解をほどいただけであってクリエイティブな面を全て見せられたわけではありません。その患者さんが胃腸炎に次になった時はすぐ来院されるでしょうけど、もしかすると家族は信じないかも知れません。内臓疾患に効果があると分かった患者さんでも、循環器や呼吸器に対してはまだ誤解されているかも知れません。我々が目指している「漢方はり治療」は、残念ながら世間では全くというほど伝わっていないのです。

 しかし、先程述べたようにハードウェアは独自技術といえるものを数多く持っています。ソフトウェアが今回整いました。元々から革新的で熱狂的ファンもいたのですけどウィンドウズに押され続けていたマッキントッシュのような立ち位置の我々でしたから、ハードとソフトの両方を手に入れたのですから、次はend to endのコントロールをしていこうではないかということなのです。患者さんたちを洗脳するのではなく、「どうしても利用したい」というアプリを次は提供していこうではないかと提案しています。表計算ソフトは最初アップル?だけに提供されたので、、「表計算で仕事を効率化させたいならアップル?を導入すべき」という公式が出来上がったように、「健康を作るには鍼灸を受けるべき」という公式を導き出す漢方鍼医会アプリを次は発明したいのです。
 日々の生活は大切ですが、目の前の利益や手柄に左右されずクリエイティブな仕事を一つ一つ完成させてもっと大きなものを作り上げていこうというスケールに、会員の意志がそちらの方向へ向くように20周年記念大会がきっかけになればと、『スティーブ・ジョブズという本をお正月に読みながら漢方鍼医会のことを同時に考えていました。