『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

猛暑で思い出した、七十五難型の話

 2010年の夏はアイルランドでの火山大爆発により火山灰が地球レベルで蔓延して冷夏が予想されていたのですけど、地球温暖化へのブレーキが完全に壊れてしまったのではと思えるほどの猛暑になっています。口にしたくはないですけど、つい「暑いですねぇ」という挨拶で患者さんとの会話が始まっています。
 今、自宅のノートパソコンが「テーブルから落ちそうになったので慌ててつかんだらそれが画面で写らなくなってしまった」と修理にでています。このように書くのですから私がトラブルを引き起こしたのではありませんけど、昨日に見積もりを聞いたなら、液晶が破壊されていたので画面交換が必要なので七万円掛かるとのことです。この猛暑なのに、余計に暑くなってしまいます。自宅では普段は予備としてバッグに入りっぱなしのWindowsXP発売直後のノートパソコンがまた頑張ってくれているのですけど、このノートパソコンは熱を持ちやすいマシンで、冷却ファンが回りっぱなしでも全体が暑くなりますから手元まで暑くなってきました。
 暑い暑いばかりではうっとうしいですから、暑かった時の臨床での思い出を

 それは漢方鍼医会が発足した1993年のことです。これほどの猛暑だったかは分からないのですが、とにかく暑さは厳しかったですね。いつも健康管理で来院されている患者さんが、「急に腰が痛くなったから」と緊急来院されました。聞けば今日は職場が少し違っていてエアコンの強い風が腰に直撃しており、その冷えから急に痛みが発生してきてとても我慢ができなくなったとのことです。
 脉診すると、敢えてこのように表現しますが腎の部分に何も触れた感触がないのでビックリしました。そして、肝の部分には指を当てているのも痛いくらいの強い感触が。「これは今まで教えてもらってきた治療法では対処できないな」という直感が働きました。菽法脉診を試行錯誤していた時期だけに、菽法が無視されている脉状にぶつかってしまったのです。
 こんな脉や症状の時、出身母体である東洋はり医学会の相克調整なら肺虚か脾虚で補ってから肝実に対して肝経へステンレス鍼で瀉法を行えば単純に治療は済んだのかも知れません。今でも思うことなのですけど、「患者さんを病苦から救う」という一点に絞れば東洋はり医学会はずば抜けていると感じます。でも、どうして移籍したかについてはここでは書きません。
 そんなことを思いつつ、これまた直感で「これが難経七十五難型の肺虚肝実証ではないだろうか」ということで、それまでのテキストや資料などを思い出しつつ復溜を触ってみると、少し時間をおいて肝の部分の荒々しかった脉状が綺麗になっていったのです。そして、おそるおそる鍼をしてみたなら同じ脉状を作り出すことができ、直感ついでですから男性ですから左から治療をしたので同じ側の陽池にも鍼をしました。
 患者さんが「すっかり楽になった」とベッドから起きあがられ、次に来院された時にも結果がよかったということで私の難経七十五難型へのこだわりがスタートしたのでありました。

 ラッキーなことにこの後にも類似の脉状に何度か出会うことができて、一ヶ月も経過しない間に難経七十五難に対する治療の自信は持てました。
 しかし、自分一人で喜んでいるだけでは単なる「お山の大将」であり、自己完結しているものは何も発展をしません。またこの治療成績を他の先生方にも実践して欲しいですし、利益を受けられる患者さんも増やしてあげたい。ということで、まずは学生時代からの親友でもあり鍼灸師としても一緒に歩んできた現在は滋賀漢方鍼医会の会長である小林先生に話を持ちかけました。
 最初は説明をしても「とても信じられない」という反応であり、ましてまだ東洋はり医学会にも在籍をしていた時期ですから「そんなに次々と新しいものを持ち込んで」と混乱を恐れる反応でもありました。

 一ヶ月以上も何度もその度に長電話で説明と説得をしていました。その暑い夏の後半に盲学校の先輩が表彰を受けられたということで祝賀会が開かれ、話が膠着していたところだったのですけど雰囲気を変えて顔を合わせることができました。偶然にも「最近胸の苦しいことがあって」と脉診での診断を希望される先輩がおられて、あまりの熱さに典型的な「腎が抜けるようで肝は突き上げて来る」という七十五難型の脉状をされていたので、小林先生を引っ張ってきて脉診してもらいながら復溜を触ると、説明通りの変化が発生したのです。
 小林先生もこれは衝撃的だったらしく、身体を借りて何度も何度も確認をされていました。そして、ちょうどお母様も心臓の痛みなどを訴えられていたとのことで、帰宅して七十五難型で治療をしたならそれまでの成績不良からすぐに治癒したとのことで、やっと一つ目の穴が開いたのでありました。まぁ一つ目の穴が開いてからも滋賀で認められるだけでも一年以上掛かりましたし、現在でも全ての漢方鍼医会会員が実践してくれているかといえば私の力量不足と人徳のなさが影響していますね、反省。
 それから、その後に理論も臨床も発展をしていますので「本部および『漢方鍼医』発表原稿の閲覧ページ」から、関係する文書を合わせて閲覧ください。特に脉状に関しては今回分かりやすいように当時の表現そのままを用いていますので、菽法脉診との関連を説明してあります。

 この話を臨床室で助手にしていたのですけど、その時に最近の臨床での問題が解決しました。女性は元々お血を持ちやすい体質なので強い症状がなくても肝実として治療することは多いものの、男性は自発痛があるか症状がよほど強くなければ肝実としては治療しないのに、最近は肺虚肝実証や脾虚肝実証でないと症状が思ったほど好転しないケースが増えていました。
 臨床とは生き物ですから「そんなこともあるさ」程度で、ベストを求めて毎回取り組んでいますから結果は出せていたのですけど、理論がくっついてこないのはどうにも気持ち悪いというのか納得できないものです。しかし、助手に話をしている中で「あまりに気温が高いと津液だけでなく血までどろどろと粘ってくるのではないか」と理論と臨床が一致することに気付きました。これで最近の臨床は納得です。
 それに真冬も肝実でないと治療がうまくいかないケースが増えるのですけど、これも血の運行が寒さによって阻害されたり体温維持のために肝が必要以上に血を貯蔵しようとするために発生してくるものだと、今回の話で同時に理解できました。それから難経七十五難型第一号の患者さんですけど、局所的に冷やされたために体温を維持しようと肝が血を貯蔵する方向に急激に働いて気血津液のバランスから激痛の腰痛へつながってきたのだと、今やっと全ての病理が説明できました。