『にき鍼灸院』院長ブログ

不定期ですが、辛口に主に鍼灸関連の話題を投稿しています。視覚障害者の院長だからこその意見もあります。

痛みと温めることに関して

 駅ホームからの転落については現在も順調に回復しており、日常生活における支障は全くなくなっています。
 日常生活以外ではまだスポーツが本格的に再開できないことが一番の精神的苦痛であり、ゆっくり入浴できないことが二番目の精神的苦痛といえるでしょうか。

 転落からの打撲より約三週間経過しているのですけど、明瞭な内出血の痕跡が視認できる間は入浴すべきでないことは医療人なら当然の判断です。
 「循環をよくした方が内出血が早く回復するのでは」と素人さんなら発想されるかも知れませんけど、強い外からの衝撃により毛細血管が破裂してしまったものが内出血なのですからまずは毛細血管が再生されて貯留してしまった血液の残骸が吸収されなければ全身循環が改善するはずはなく、入浴を強行すれば新たな血液の著量につながってしまうかも知れません。
 また二ヶ月程度経過しても変色せず、黒色となって組織変化を起こしていない限りは少量でも周囲より熱が高まっているため、熱量を上げてしまうために入浴をすべきではありません。

 せっかくですから入浴を中心に、痛みと温めることについて書いてみます。
 痛みを感じるということはほとんどが炎症であり、炎症が発生しているということは腫れているということであり、腫れているということは即ち熱が発生していることです。
 ですから、痛みが発生している時に入浴すると入浴中には身体の内外で温度差がなくなるので不思議なくらい痛みが消失するのですけど、「これで治った」と安堵した頃から湯冷めが始まりお湯で温められて炎症がひどくなっていますから、明くる朝にはもっと痛みがひどくなってしまうのです。
 「最初は大した痛みではなかったのに特に何もしていないのにどんどんひどくなって疼きまくっている」と腰痛を訴えて来院される患者さんが多いのですが、大半は痛みを早く回復させようと素人療法で入浴を繰り返していたり、ひどいと使い捨てカイロを貼りまくっていたりするものですから自分で炎症を悪化させているのです。
 このような時には患部に熱がこもってしまっている状態が触診でき、脉診においても治療前はもちろんですが治療後も尺中が沈みきらないのですぐどのようなことをしてきたのかが判断できるものです。
 ここで一つ目の結論ですが、急性の痛みに対して入浴はもちろん温めることは絶対に禁止すべきです。

 しかし、「入浴をしたなら痛みがスッキリした」という話もよく聞きます。これは運動不足だからと草野球などをして発生した外傷や打撲を伴わない痛みであり、筋肉痛が解消したものです。筋肉内に発生した老廃物質が入浴によって全身循環が促進されて押し流されたものであり、精神的な開放感も手伝ってスッキリしたものですから極めて生理的な現象です。
 また温泉に表示されている効能書きには神経痛やリウマチなど痛みに対するものも多いのですが、神経痛は炎症を伴っていませんしリウマチも慢性になれば炎症があっても極めて軽いものになっているか関節変形による痛みなので、入浴による循環促進での痛み軽減が期待できるわけです。
 ここで二つ目の結論ですが、筋肉痛に代表される疲労物質蓄積による節々の痛みもしくは慢性化し固定している痛みに関しては、入浴による改善が大いに期待できます。

 しかし、リウマチの痛みが強くなっている時には関節に炎症が発生しているため、入浴すると当然ながら痛みは増悪してしまいます。慢性の神経痛であっても別の症状が新たに発生している時には、それが炎症であるなら入浴すると痛みは増悪します。筋肉痛であっても日焼けが強い時には、入浴するだけで強い炎症が発生して痛みを感じていなかった部分にまで痛みが及ぶことがあります。
 ここで三つ目の結論ですが、痛みが増悪している時にはやはり入浴すべきではありません。

 そして結論の結論ですが、痛みが強い時には素人判断で入浴しないことが絶対条件であり、逆に書けば痛みが長期に固定している時以外は痛みのある時には入浴しないことが無難です。
 しかし、身体の清潔を保つことは必要なことであり、日常生活がなんとかできる程度に自力で動けるのであればシャワーもしくはかけ湯で洗髪や洗体だけ行うと決めておく・指示することが無難でしょう。


 さて、それほど難しくない話を長々と書いてきたのは、ご想像通りこの禁止事項を実験的に破ってみた結果報告をしたかったからです。
 今までにも緑内障発作からそれほど時間経過していないのに水泳をして循環改善の効果を実証したり、肋骨骨折中に泳いで解剖を立体的に理解してきたと書いてきましたが、いずれも好結果が得られると確信してのものでしたが今回は痛みを増悪させてしまうと覚悟しての人体実験です。

 そろそろ禁断の実を食べてみたいと感じていた転落からの十八日目、食卓などを一気に清掃しなければならないので子供との入浴は長時間でとのリクエストが来ましたから「ここだ」と決行です。
 痛みが強すぎて自分の身体の面倒で精一杯だった十日間は子供の入浴を妻に変わってもらっていたのですけど、その後は子供だけ湯船に入れての入浴をしていました。短時間を心がけていたので痛みが増悪することなく経過していましたが、相当に薄くなっているとはいえまだ明瞭な内出血部位がそれなりの広さを持ったままの入浴です。どうせならと子供が耐えられるまでの長時間で実験です。
 入浴中は何も変化がなく、直後はさっぱりしたという精神的開放感からむしろ身体が軽く感じられました(だから素人さんは特に日本人は入浴をやめられないとも実感)。

 けれど、やっぱり来ました悪影響。湯冷めした頃から患部に熱のこもった自覚症状が現れ、全身の力が抜けてきます。動けないほどではなかったのですが、早めには休ませてもらいました。
 衣服の着用は遅らせて患部から熱を抜く努力はしたのですが、明くる日もだるさは続いて特に勤務に入ってからは気力そのものが衰えているので診察をすると、微熱が出ていて脉は沈み陽虚型になっています。
 昼休みに詳細に診察すると左下腹部の痛みが強くなっており、押さえた時に深く響く不快感があります。つまり時期を先んじて入浴したためにお血が余計に蓄積し、量が増えたために経絡全体の循環を阻害して陰虚型から陽虚型へ逆戻りさせてしまったようです。
 悪い結果だったとはいえ予想通りの変化だったので、その後の治療でだるさは残るものの勤務に支障のあるような状態からはすぐに回復しています。

 痛みと温めることに関して、今まで実践してきたことが間違いでなかったというレポートでした。